パンケーキの国で 〜子供たちと見たデンマーク〜 ◆ 23

大学

なにを、なぜ、勉強したいのか

東京新聞:1998年12月1日掲載

コペンハーゲン大学には週4回通い、古代オリエントの言語、アッカド語とシュメ−ル語の講読の授業を受けた。この授業をとっていた学生は、2人から4人。

学生は、最初に研究所全体と図書室、勉強室、コンピュータ室共通の鍵を借りる。1年中好きな時間に大学で勉強できる。子どもがいるので、いつも急いで帰らなくてはならないのが残念だった。

「文学、法律、経済などの各分野から〇〇行以上読む」と決められているのだが、各分野でどの文書を読むかは、先生と相談して学生たちが決める。授業では、学生が文書を読んで訳し、分からないことを先生に質問したり、学生同士で意見を言い合ったりする。そのときの学生の発想が柔軟で、おもしろい。生活体験が豊富だからか、と思う。

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高校を出てすぐに大学に来る人は、少ない。外国を放浪したり、さまざまな仕事をしたり、フォルケホイスコーレ(民衆大学)に行ったりして、勉強したい事が見つかってから大学に進むのがふつうだ。異性との同居も、すでに経験している人が多い。いろいろな意味でおとな、という感じがする。

高校の卒業試験の成績が、行きたい大学や、その他の高等教育機関(歯科医養成学校や、銀行員養成学校、教師養成学校、保育士養成学校など)で求められる点数に足りていれば、入ることができる。長期の外国旅行や仕事、フォルケホイスコーレは「経験値」としてプラスされる。高校に行かなかった人は、HFという、高等教育入学資格試験を受ける。HFは、必要な科目だけ受ければよい。独学でも受けられるが、試験準備のためのHFコースという2年間のコースを、各自治体が成人教育センターや高校に設けている。だれでも入れる。いつからでも、その気になったときに勉強を始めることができるわけだ。

大学は、すべて国立で、5つある。学風はそれぞれ違うが、どこの大学が一番、といったことは聞かなかった。授業料は無料だ。奨学金もある。

進路を決める目安は、「自分のやりたいことは何か」。大学に入ってからも、「合わない」と感じると、さっさと方向転換する。大学の仏文科から教師養成学校に移ったり、商業学校から大学の日本文学科に移ったり。アッカド語の授業で一緒だったクリスチーナは、フランスで1年語学を、イタリアで2年心理学を学び、デンマークの商業学校で経済学をやったが、どれもつまらないとアッシリア学を始めた。

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いいかげんなようだが、やりたいことを見つけたときの集中力はすごい。しかも、じつに楽しそうだ。好きなことを、間違いをおそれずにとことんやる。それまでいろいろな経験をし、なにを、なぜやりたいのかじゅうぶん考えてきているから、自分の視点をはっきり持っている。子どものころからいっぱい遊んでいるので、体力もある。協調性もある。結果として、レベルは高くなる。ユニークな研究も多い。コンピュータの分野でも、大企業と結びつかない研究では、アメリカより進んでいるものもあるそうだ。精子の数が半減していることを指摘し、環境ホルモンに世界の目を集めたスカケベック博士も、デンマーク人だ。

最近、東大には、優秀だが問題意識がない学生が多いので、新入生全員を対象に問題意識を持たせる授業を始めた、という話を聞いた。小さい時から、「なにを、なぜやりたいか」考える暇もなく、ただ一番良い学校に入ることだけをめざして突っ走ってきてしまったのだろうか。問題意識を授業で植え付けることができる、という東大側の発想にも驚くが・・・

伊藤美好(いとう みよし)

※ 東京新聞の了解を得て、インターネットに公開しています。

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