パンケーキの国で 〜子供たちと見たデンマーク〜 ◆ 16

福祉

『人間らしい生活』を楽しむ権利

東京新聞:1998年8月18日掲載

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私たちが最初に住んだアスコウの町では、どの家もゆったりとした間取りで、庭も広かった。子どものいる家庭には、ブランコや砂場や遊び小屋が庭にあるのが普通だった。 砂場の中に木製の手作りの塔が建っている家もあった。ガレージのわきなどには、木工をする場所もあった。

農家は少なかったのだが、家庭菜園はたいがいの家でやっていた。 自分のウサギやヤギやポニーなどを飼っている子もいた。家の中にある家具も素晴らしく、インテリア雑誌のグラビアのようだった。私は「なんと豊かなところだろう」と感じていた。

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ここからコペンハーゲン南西部に移ってきたときは、ずいぶん貧しげなところに来た気がした。 私たちの住んだ地域には、アパートメントが立ち並んでいた。一戸建ても、家のサイズが小さいし、庭も狭い。

そこまでは都会と田舎の違いといえるかもしれないが、道を走る車も、おんぼろで、あれで大丈夫かと思うような車が多い。

階下に住むヤコブセンさんというおじいちゃまの愛車は85年のトヨタだった。 それをぴかぴかに磨き上げて「どうだい。まるで新車だろう」と自慢する。 たしかにきれいだ。してみると、町を走っているおんぼろ車はいったいいつごろのものだろう、と思った。 「物」に関しては、たしかに質素だった。

けれども、1.5キロ四方ほどのだだっ広い公園が、近くにあり、子供たちはそこを駆けずり回ることができる。 その中には美しいバラ園もあって、ベンチに座ってゆっくりバラを眺める老夫婦がいる。 市民農園もあり、農作業や花作りを楽しむ人の姿がある。

隣の市との境界線となる小川に沿って、数キロにわたる細長い公園があり、自転車道と散歩道がついている。 ここをたどっていくと、白鳥の泳ぐ湖に着き、美しい夕日を眺められる。 ジョギングする青年に混じって、手をつないでゆっくり歩く老夫婦、サイクリングを楽しむ家族がいる。 木々の間を走るリスの姿も見られる。

子どもと、その連れだけが入ることのできる遊び場には、ヤギやヒツジやウサギがいて、いっしょに遊べる。 道で、子供たちがそのヒツジを散歩させているのに出くわして、ぎょっとしたこともある。 「建築現場」という名の、子供達が大きな「建築物」を木材を使って作ることのできる広場もあった。

アパートの地下には、共同の木工室がある。手仕事の好きなヤコブセンさんは、しょっちゅう鼻歌まじりで作業にいそしんでいた。 「娘のクリスマスプレゼントに、台所の踏み台を作ってやろうと思ってね。 これと同じのを。 ほら、いいだろう」と、25年前に作ったという頑丈そうな踏み台を見せてくれた。

夏の夜などは、共同の庭で、共同のバーベキューセットを使って、家族や友人達とバーベキューを楽しむ人達がいる。 誕生日パーティーを開いているおじいちゃまもいた。

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庭つきの広い家を持てない人でも、お金をかけずに、持っている人と同じようにゆったりとした生活を楽しめる。

都会に住んでいても、土や動物との触れあいを楽しめる。 そんな環境が整えられてきたのは、「家族や友人とゆっくり時を過ごすことや、自然と触れ合うことは、人間らしい生活を送るために欠かせないもの」という認識が、共通のものとしてあるからだろう。

人間らしい生活を楽しむ上で、何か欠けているものがあれば、共同でそれを補い、誰もがそれぞれの人生を楽しめるようにしていく。

「福祉」というのは、こういうことなのかもしれない、と感じた。

伊藤美好(いとう みよし)

※ 東京新聞の了解を得て、インターネットに公開しています。

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