パンケーキの国で 〜子供たちと見たデンマーク〜 ◆ 1

出発の時

『不登校』の我が子と自由に学べる国へ

東京新聞:1997年12月2日掲載

牧草地が広がるデンマークの典型的な春の風景=コペンハーゲン郊外

電車や車でデンマークを旅すると、窓の外に麦畑と牧草地、森が次々に現れ、ゆるやかな起伏を繰り返す。 デンマーク人は、国土をたとえてパンケーキ(クレープ)のように平らだ、という。 「最高峰」のヒンメルビャオ(なんと、天の山という意!)ですら海抜147mというのだから、確かに平らな国だ。

粉砂糖をかけてジャムを添えたパンケーキは、デンマークの子供たちが大好きなおやつだ。 材料の、卵と粉とミルクとバターは、どれもデンマークでとれるもの。 ジャムに使う苺(いちご)や木苺もそうだ。 昔から親しまれてきたおやつなのだろう。 あの、素朴であたたかい味が、私たちの出会ったデンマークの人たちの笑顔に重なるような気がする。

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私は、95年4月末から今年7月末までの2年余りを3人の子供たちと一緒にこの国で過ごした。

当時、11歳の長男と8歳の長女はいわゆる「不登校」をしていた。 私は、フリースクールや、学校に行かない子供を持つ親の会や、各種ネットワークを通じて、多くの方々にお会いし、力づけられたり、目を開かされたりした。 そんな中で、デンマークのフォルケホイスコーレ(民衆大学)についての講演会に出席された方々から、デンマークの教育について、こんな話を伺った。

デンマークでは、7歳から9年間の教育の義務はあるけれど、就学の義務はない。 どういう場で、どういう形で教育をするかは、親が決める。 公立学校、私立学校、フリースクール、家庭での教育、それぞれに対し、国から補助金がある。 7年生を終えるまで、試験をしてはいけないし、成績表も無い。

18歳以上の人ならだれでも行けるフォルケホイスコーレという全寮制の私立の学校が100校以上もある。 国は、補助金を出すが、原則として学校の方針に口は出さない。 芸術、手芸、スポーツ、演劇、語学、歴史、哲学など、さまざまなことを学ぶ事ができる。 試験はなく、資格を得るということもない。 異なった背景を持つ人たちが集まって数ヶ月生活を共にし、自分自身の生き方を見つけていく。

デンマークの人たちはやりたいことがあると、まずやってみる。 だめならやめる。 変更する事を恐れない・・・ まだ続くのだが、こういう話を聞いて、びっくりした。 今まで、「こうだったらいいのにね」と話していた事を、すでにやっている国がある、と思った。

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本を読んだり、デンマークから資料を取り寄せてみたりした。 そのうちに、デンマークに住んでいる人達がどんな事を考えているか、子供たちがどんな風に育っているか、知りたくなった。 何とも息苦しい東京を離れて、広い空の下に行ってみたくなった。

とはいっても・・・ 「こんなところで何ヶ月か暮らせたらいいだろうなあ。でも無理だよね」 「どうして?今だったら行けるかもしれないよ。行ってみたらいいんじゃない」 「えっ。いいの」 「チャンスかもしれないよ」 夏の夜、ビールを飲みながら夫と話した。

言われてみれば、当時は極端な円高のため、渡航費も海外での生活費も割安になり、地方公務員の夫の収入に頼る我が家でも何とかなりそうな感じがあった。 子供たちが学校に行っておらず、私も仕事を持っていないということは、ひっくり返せば時間的に自由、ということだ。 もちろんいろいろと心残りはあったのだけれど、「今しかできない」という言葉に押されて、行詰まったらやめるつもりで準備を始めた。

すぐにデンマーク語の教室が近所に見つかり、通う事にした。 方々のフォルケホイスコーレにファックスで問い合わせてみたところ、子供を3人連れて来ても大丈夫、という返事が3校からあった。 こうして、少しずつ話が現実のものとなりだした。 3ヶ月の学生ヴィザが降りたのは、出発前日のことだった。

こうして、私たちはデンマークにやってきた。

伊藤美好(いとう みよし)

※ 東京新聞の了解を得て、インターネットに公開しています。

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