国連子どもの権利に関する委員会から、日本政府への『最終所見』(1998年6月)

「国連子どもの権利委員会」は、日本政府に何を求めたのでしょう

〜 学校へ行かない子どもの権利を中心に 〜

「子どもの権利に関する委員会」からの『最終所見』
「不登校」に関して
学校を利用しない子ども達の権利
子どもの権利条約が国内法より優位、裁判でも適用できる
<参考資料・問い合せ先>


「子どもの権利に関する委員会」からの『最終所見』

今年6月、国連「子どもの権利に関する委員会」から、日本政府に宛てて『最終所見』が出されました。 これは日本政府が1994年、国際条約である『子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)』を批准し、条約の中の 第44条 にもとづいて、1996年に締約国報告をしており、その内容に対する審査を経て出されたものです。

政府の報告書内容では不充分だとして、NGOからもカウンターレポートが提出されていました。

批准=条約に対し国が最終的に同意を確認し、国内で効力をもって通用させること。(その手続き)

『最終所見』が出されるに至った審査の中では、国連の委員会が日本の中のどういう事柄について疑問を持ち、何を懸念しているのか。どういうことを日本政府に求めているのかがとても具体的に述べられています。 そういう意味で、この『審議内容』はとても重要です。


「不登校」に関して

『最終所見』は、子どもの権利に関わるさまざまなジャンルに渡っていますが、ここでは「不登校」に関する部分について挙げたいと思います。

では、『最終所見』はどうなっているのでしょう。

C.主たる懸念事項

22. 非常に高い識字率により示されているように締約国により教育に重要性が付与されていることに留意しつつも、委員会は、児童が、高度に競争的な教育制度のストレスにさらされていること及びその結果として余暇、運動、休息の時間が欠如していることにより、発達障害にさらされていることに付いて、 条約の原則及び規定特に 第3条第6条第12条第29条及び 第31条に照らし懸念する。
委員会は、更に登校拒否の事例がかなりの数にのぼることを懸念する。

D.提案および勧告

43. 締約国に存在する高度に競争的な教育制度並びにそれが児童の身体的及び精神的健康に与える否定的な影響に鑑み、委員会は、締約国に対し、 条約 第3条第6条第12条第29条及び 第31条に照らし、過度なストレス及び登校拒否を予防し、これと闘うために適切な処置をとるよう勧告する。
(外務省仮訳)

日本では、法律や条約の文章(訳文も含めて)に、日頃なじみの無い表現が使われていて、はっきり言ってとても解かりづらいものがあります。 読み方しだいでは、学校に行けない状態の子どもや行かない子どもを、登校するような子どもに矯正しなければならないようにも取れます。

しかし、実際のところはどうなのか、『子どもの権利条約』 そのものを一貫して流れる考え方や、それを具体的な形で捉えることの出来る『審議内容』から、NGOはこの部分をどう理解しているのでしょう。

結論から言うと、
  • まず第22項については、「登校拒否をするなどという問題児がすごく増えているとはなんたることか」という意味では全くないということ。

  • 第43項は、「学校に行っていないという問題児は、学校に行かせるようにしなさい」という意味でもないこと。両項目で問題視されているのは、子ども達にさまざまな悪影響を及ぼしている、今の高度に競争的な教育システムそのものだ
という理解です。

その理解の根拠となっているのが、先程も述べた通り『子どもの権利条約』 そのものの考え方であり、『審議内容』なのです。

まず『最終所見』をもう一度見ると、第22項、第43項ともに 条約 第3条(子どもの最善の利益)、 第6条(生存権、成長発達の権利)、 第12条(意見表明権)、 第29条(教育の目的)、 第31条(休息、余暇、遊びの権利) に照らしたものとなっています。

では、次に『審議内容』に触れてみましょう。 パルメ委員は 「システムの中で余りにも抑圧されていることは子どもの最善の利益ではないと思います。これがいじめ、自殺及び、全く学校に行きたくない子ども、すなわち『スクールフォビア( )』などの子どもによる(学校に対しての)否定的な反応と関連していると思います。(DCI訳)」と述べています。

ここからは、『スクールフォビア』が、学校制度の歪みから生じてきた、子ども達による学校に対する否定的反応の一つとして認識されていることが読み取れます。

また、カープ議長は
「昨日私は学校に行かない子どもを保護施設に措置する可能性についてお伺いしましたが、単に学校に行かないというそれだけの理由で保護施設に措置される可能性はあるのでしょうか。」と、重ねて日本政府に質しています。(日本政府は、「そういう可能性はありません。」と回答)

ここからも、委員会は『スクールフォビア』という状態の子ども自身や、学校に行かない子ども自身を問題視しているのではないことは明らかです。

『スクールフォビア・school phobia』=外務省仮訳では「登校拒否」となっている部分です。また、政府報告書の中でも、日本文「登校拒否」を英訳するのに当てられた言葉が、この "school phobia" です。

この語の日本語訳についてはNGOの中でもまだ結論が出ていません(*注)。 ただ、日本政府が「登校拒否」と訳していることに対しては、否定をしています。意見としては「不登校」・「学校嫌い」・「学校恐怖」・「(競争的な教育システムから来る過度なストレスによって)子ども達が学校を恐怖する状況そのもの」という語句、といったものが挙がっています。


以上のことから、ここで日本政府に求められたのは、
     
  • 日本の教育システムの異常性と、子どもの権利侵害性に対する懸念
     
  • そういった教育システムの根本的改革
という共通理解になっています。


(*注)
 NGOである、子どもの人権連・反差別国際運動日本委員会、編纂の『子どもの権利条約のこれから』、が出版されました。(1999年5月28日初版発行 定価;本体価格1714円+消費税)
 この中で、翻訳にあたった平野裕二氏は"school phobia"に、学校忌避という訳語を当てたこと、それがどのような理解に立ったものであるかを述べています。以下、編者の許可を得て、同書167〜168ページより抜粋させていただきます。

 『ここで「学校忌避」と訳出した"school phobia"という言葉は、日本で「登校拒否」とか「不登校」と呼ばれている現象を指すものである。ただし、これをそのように訳すことがはたして適切かどうかについては疑念が残る。とりわけ、勧告43で「防止しかつ……闘う」(prevent and combat) という表現が用いられている点が問題である。ここでは、school phobia が明らかに否定的現象と位置づけられ、それを解消するための措置が求められている。・・・・・・中略。

 審査ではむしろ、school phobia を生み出す教育制度や学校のあり方が問題にされている。また、後述するように、委員会はホーム・ベイスト・エデュケーションやフリースクールといったオルタナティブな形態の教育を条件つきで認めていると解される。
 このような観点から、子どもの人権連では、当初 "school phobia" を「学校ぎらい」と訳した。しかし、これは文部省が登校拒否の子どもの数を集計する際の要因として用いられてきた用語であり、かつ学校・教育制度の方に問題があるというニュアンスも明確に出ておらず、適切ではない。・・・・・・中略。

 そこで本書では、学校や教育制度の方に子どもの通学を阻む要因があり、そのことによって子どもが学校に行かない(行けない)状態を指すというニュアンスをこめ、「学校忌避」という言葉を当てることにした。・・・・・・後略。』

学校を利用しない子ども達の権利

学校を利用しない子ども達の権利についてはどうなのでしょう   文部省の定める学校以外の場(家庭・フリースクール・オルタナティブスクール等)で学び育つことを選ぶ権利、そこを選んだ子どもに対する公費支出、そのことによる差別撤廃などには、今回の『最終所見』の中で具体的に触れらてはいません。次回、2001年の審査に向けての課題といえそうです。

しかし、それでは全く触れられていないのでしょうか。 『審議内容』をみてみると、

サンデンバーグ委員
「日本社会において、保護の対象としての子どもという観念から権利の主体としての子どもという観念−これは私どもの条約の主要な精神でもあるわけですが−への移行をどのように認識されているのでしょうか。」

同委員、
「次に強調したいのは保護を必要とする子どもという考え方から市民としての子どもという考え方観念へ移行することの重要性です。といいますのも、この点に関する(日本政府)代表団の立場があいまいであったからです。 私はこれが本条約の主要な特徴であると考えております。私たちはかつては児童に対して福祉を提供してきましたが、現在では、子どもを人間として、市民として、そして権利の主体として見たいと思っているのです。」

カープ議長
「私は先ほど子どもの最善の利益が第一次的な考慮事項とならねばならないと申しあげました。(日本の)国内法においては子どもの最善の利益が第一次的に考慮されなければならないことを明示した条項はございません。‥‥子どもに対するケアー、愛情、子どもの保護が児童福祉法において考慮されていると理解しております。しかし、それは(子どもの最善の利益と)同じではありません。なぜならば子どもの最善の利益は、子どもを扱っている専門家、教師などの人々が考慮すべき新たな要素を導入することを目的とする原則だからです。それは、子どもの利益は、その親の利益及び子どもに責任を有するものの利益からは独立しているということです。子どもの利益は、他のすべての利益との妥協の結果として考慮されなければならないということではなく、第一次的に考慮されなければならないのです。考慮にあたっての独立した要素であるという考え方が子どもの毎日の生活の中に本当に導入されているのかどうかをうかがいたい。」

そして審議の中では、子どもに関わるさまざまな領域に渡って、施策決定とその実施に子どもの参加があるのかを質されています。
更にカープ議長は
「子どもに意見を聞くということは子どもの意見を本当に考慮に入れるということを意味します。また、その意見が現実に考慮に入れられることを保障しなければならないということを意味します。 もし、子どもの考えが受け入れられないのであれば、子どもに意見を聞いた人はなぜ意見が取り上げられなかったのかを子どもに説明する義務があります。」と述べています。

カープ議長の審査における最後のまとめの言葉を次に挙げます。
「本条約は人間の尊厳に関するものです。すなわち、子どもが「非合法」と呼ばれれば人間としての尊厳を犯されたことになるのです。子どもがもしその個性と人格を受け入れられなければ、それは人間としての尊厳を犯されたことになるのです。自分に関わることについてその意見を聞かれなければ、それは本当の意味でのパートナーとなる機会を奪っているのであり、それはその人間としての尊厳を犯していることになるのです。日本において子どもは未来の創造者であるといわれています。これに含まれているメッセージは、将来の創造のために、今、子どもをパートナーとするということです。」

こうして『審議内容』をみていくと、そこには、権利の主体としての子ども・市民としての子ども・子どもの最善の利益・子どもの参加・子どもの意見の尊重といった 『子どもの権利条約』の基本精神が流れていることが解かります。

子どもの権利条約が国内法より優位、裁判でも適用できる

次に、この条約の日本国内における法的地位について触れられた箇所をみてみましょう。

フルチ議員の質問
「国内法が条約に抵触した場合、あるいは抵触があるとある人が考えた場合に、どちらが日本の法体系において優位するのか。 国内法なのか、条約なのか。」

日本政府回答
「日本では条約が法律に優位する」

フルチ委員
「本条約が裁判所において当事者により直接援用可能であるのか否か」

日本政府回答
「直接適用は可能です。」

しかし、委員会はこの件に関しては、かなり具体例を挙げて更に質問を重ねています。

回答を得てコロソフ委員は
「条約が優位するとの情報を日本代表団が提供してくださいまして私は大変はげまされました。本委員会が新聞やテレビなどのマスメディアを通じて、すべての「非嫡出子」に対して裁判所に行けば、勝訴することができる。なぜならば、条約が国内法に優位するからだ、とのメッセージを送れることになったわけです。」

そしてカープ議長は
「日本政府には本条約の一般原則および子どもに関わるすべての国内法とを一体化した包括的な子ども法を制定することを検討していただきたいと思います。」と述べています。


以上のことだけみても、
     
  • この条約の精神が、学校に行かないことを選ぶ子ども達の権利を獲得することに反しない
     
  • 条約を国内において適用することと、そのための新しい法律の制定を示唆されている
ことが読み取れます。

こうした理解に立って『最終所見』を読むと、学校に行かない子ども達の権利保障に関係してくると思われる条項は、前出の第22項と第43項だけではないことが解かります。
深く関係する項目の一部を挙げてみましょう。

第7項

委員会は、児童の権利に関する条約が国内法に優先し国内裁判所で援用できるにもかかわらず、実際には、通常、裁判所が国際人権条約一般、就中、児童の権利に関する条約をその判決の中で直接に適用していないことを懸念をもって留意する。
第29条 国内法における条約の地位に関し、委員会は、締約国に対し、児童の権利に関する条約及びその他の人権条約が国内裁判所において援用された事例についての詳細な情報を次回定期報告において提供するよう勧告する。

第9項

委員会は、児童からの不服の登録に関するデータ及び児童の状況に関するその他の情報、特に障害児、施設に入っている児童及び国民的、種族的少数者に属する児童を含むもっとも脆弱な集団に属する児童に関するものを含め、細目別の統計データを収集するための措置が不十分であることを懸念をもって留意する。

第31項

委員会は、締約国に対し、条約の全ての分野に取り組むために、また、一層の行動が必要とされる分野の確認及び達成された進歩の評価を促進するために、データ収集のシステム及び適切な細目別の指標の確認を発展させるための措置をとるよう勧告する。

第10項

委員会は、児童の権利条約の実施を監視するための権限を持った独立機関が存在しないことを懸念する。 委員会は、「子どもの人権専門委員」という監視システム が、現在の形では児童の権利の効果的な監視を十分に確保するために必要な政府からの独立性並びに権威及び力を欠いていることに留意する。

第32項

委員会は、締約国に対し、現在の「子どもの人権専門委員」制度を制度的に改良し拡大することにより、あるいは、オンブズパーソン又は児童の権利委員を創設することにより、独立の監視メカニズムを確立するため、必要な措置をとるよう勧告する。

第13項

委員会は、 差別の禁止(第2条)児童の最善の利益(第3条)及び 児童の意見の尊重(第12条) の一般原則が、とりわけアイヌの人々及び韓国・朝鮮人のような 国民的、種族的少数者に属する児童、障害児、施設内の又は自由を奪われた児童及び嫡出でない子のように、特に弱者の範疇に属する児童の関連において、児童に関する立法政策及びプログラムに十分に取り入れられていないことを懸念する。 委員会は、韓国・朝鮮出身の児童に影響を与えている高等教育施設へのアクセスにおける不平等、及び、児童一般が、社会の全ての部分、特に学校制度において、 参加する権利(第12条) を行使する際に経験する困難について特に懸念する。

第35項

委員会は、条約の一般原則、特に 差別の禁止(第2条)児童の最善の利益(第3条)及び 児童の意見の尊重(第12条) の一般原則が、単に政策の議論及び意思決定の指針となるのみでなく、児童に影響を与えるいかなる法改正、司法的・行政的決定においてもまた、全ての事業及びプログラムの発展及び実施においても、適切に反映されることを確保するために一層の努力が払われなければならないとの見解である。 特に、嫡出でない子について存在する差別を是正するために立法措置が導入されるべきである。委員会は、また、韓国・朝鮮人及びアイヌの人々を含む少数者の児童の差別的扱いが、何時、何処で起ころうと、十分に調査され排除されように勧告する。 更に、委員会は、男児及び女児の婚姻最低年齢を同一にするよう勧告する。

(外務省仮訳)

以下、第11項→第33項(「権利の完全な主体としての子ども」という認識を、子ども自身、そして子ども関係者へ普及すること。)、第12項→第34項(NGOの積極的な参加に評価をした上で、NGOとの交流、協力を求めていること。)、第15項→第36項 (「児童のプライバシー( ) の権利」が家庭、学校その他の場でもっと保障されるような政策を取ること)など、とても関連が深いと思われる内容が、この他にも各項にわたり触れられています。
これらは、権利を獲得するための根拠となり、大きな力となります。

プライバシー=ここでは、単に私生活の自由という意味だけでなく、自分に関する情報は他者(大人)ではなく、自分がこれを扱う自由を持つという意味を含む。

こうして見ていくと、学校に行かない子どもの権利保障ということが、さらには全ての子どもの権利を保障することと重なってくることが判ります。

この条約を生かすも殺すも、わたしたち一人々々に掛かっているのです。


<参考資料・問い合せ先>

『資料集』
「最終所見」全文の訳文・英語原文、「審議記録(テープ起し)」を所収。
発行:子どもの権利 市民・NGO報告書をつくる会 &FAX 03-3466-0222

『子ども期の喪失』
「NGO報告書」邦語原文
編纂:子どもの権利 市民・NGO報告書をつくる会
発行:花伝社 03-3263-3813  FAX 03-3239-8272

『児童の権利に関する委員会の最終見解』
「最終所見」全文の訳文・英語原文
情報収集先:外務省 国際社会協力部 人権難民課 03-3580-3311  FAX 03-3580-9319

『子どもの権利条約のこれから(仮称)』
「最終所見」の詳細、解説と課題
   発行:子どもの人権連/IMADR-JC(10月発行予定) 03-3265-2197

『子どもの権利条約・日本の課題95』
子どもの人権連/IMADR-JC のNGOレポート
刊行:日本教育会館 労働教育センター 03-3288-3322


「子どもの権利委員会 」のこれまでの議論・所見について、全審査を傍聴してきている、 ARC/平野さんが問い合わせに応じてくださいます。
  ARC/ &FAX 03-5281-3455

『問われる子どもの人権』
日弁連レポート
刊行:こうち書房 03-3239-5071 FAX 03-3239-5073
1998年8月
井上祐子(いのうえ ひろこ)

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