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『日の出の森トラスト共有地』の強制収用を目の前にして


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『日の出の森トラスト共有地』の強制収用を目の前にして


井上 ひろこ       2000年9月17日
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朝刊の一面に大きく掲載された銀座の街中を走る装甲車の写真に、一瞬目を疑いました。
しかしそれは映画の撮影風景でもなく、合成写真でもなく、前日の9月3日(日)に東京都で大規模に行われた、「災害時に備えた訓練」のありさまを報道したものでした。

同じ頃東京都の三宅島では、火山噴火という実際の災害にみまわれている多くの島民が、必要とする援助の手をなかなか差し伸べてもらえていない事を訴えていました。

そして私宛てには、東京都知事名で一通の封書が送られてきていました。
東京西部『日の出町』の森の谷間にある土地を、東京都が強制収用する『代執行令 書』でした。
「代執行に要する費用はあなたから徴収します。代執行費用の概算見積り額は 24,000,000円となります。」

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日の出の森
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日の出の森には、一般ゴミの最終処分場があります。
ここには三多摩の各地でゴミ処理したあとに残る焼却灰や、不燃ゴミを粉々に粉砕したものが運ばれて来て埋めたてられます。
一般ゴミの最終処分場というのは、穴を掘り、底には厚さ1.5ミリのゴムシートを敷き詰めます。
巨大なプールといった様相です。
プールの中身は、運ばれてきた焼却灰や粉砕された不燃物です。
屋根はありませんから、風や雨にさらされています。
しかし雨水は底に敷き詰めたゴムシートでさえぎられ、地下には浸透していかないので地下水を汚染することはない、という理屈です。

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地下水は汚染されたのです。
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もともと豊富な地下水が湧き、動植物の繁殖地として貴重な場所でもありました。
しかし井戸水がおかしい、臭う、もしかしたら地下水が汚されているのでは、という疑いが出てきたのです。
カラスがつついてゴムシートに穴をあける現場を、付近の主婦が目撃しました。
このゴムシートは僅か1.5ミリの薄さですが、その後何ヶ所もの破れ目があることがわかりました。
実際に、削った鉛筆の先でつつくと子どもでも簡単に穴をあける事が出来ました。
この破れ目から流れ出た有害物質が、地下水や川を汚していることが考えられるのです。
処分場周辺の汚染の実態は、個人や団体が私的に調査をして明らかになってきています。

最終処分場は、東京都多摩地区の27市町でつくる「東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合」が建設、管理を行っている公の施設です。
そこでは汚染洩れなどのチェックがなされているはずです。
定期的な水質検査も行われてきたはずです。
この「処分組合」にデータを求めましたが、「処分組合」はデータの開示を拒否していました。
やがて少しずつ公開されてきたデータの中には、始め「処分組合」がその存在を否定していたものも出され、そんな過程を経て、データ開示を求めていた人々は「処分組合」に対する不信感をつのらせました。

地下水は、塩素イオン濃度が自然地下水の10倍以上の数値となっていましたし、私的な調査では、処分場周辺の井戸水から高濃度のニッケルが検出されました。
「処分組合」からのデータでは、処分場内の水からベンゼン・鉛が検出されていました。
また処分場内の地下水管では塩素イオン濃度が通常地下水の95〜190倍に達していた事も判明しました。
塩素イオン濃度が高いということは、地下水に重金属を始めとする汚染物質が含まれる可能性が高いことを示しています。

周辺の地下水汚染と処分場内の水質汚染とが切り離され、影響はないとするのが「処分組合」の主張です。
今のところ、因果関係を究明し、汚染を防ぐ対策を進めるという方向には動き出していません。
埋め立てられた焼却灰などから出る有害物質は、雨水とともに処分場内で汚水となり、シートの破れ目さえあれば通りぬけて地下に染み込み続けているのかもしれません。

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トラスト地主
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第一処分場である谷戸沢処分場が稼動をはじたのが1984年、ここは98年で満杯になりました。
98年からは、第二処分場である二ツ塚処分場が稼動を始めています。
この二ツ塚第二処分場は、三期に分けて工事計画が立てられていて、今稼動を始めているのは第一期分。
第二期工事予定地の一角を買い取り、処分場の建設に反対をしようと94年から共同で土地を購入してきたのが、トラスト共有地です。

私もここのトラスト地主の一人です。
およそ2800名がトラスト地主になっていて、国外在住者もあれば、国籍も日本の方ばかりではありません。
そして冒頭、東京都知事からの『代執行令書』は、土地収用に同意しなかった全てのトラスト地主宛てに送られてきたものです。

「土地収用法」という法律があります。
『公共の利益』のために行政が土地を使おうとする時に、その土地の持ち主が「お金(補償金)をもらっても、どきたくない」と拒否した場合、その持ち主が合法的に手に入れた土地であっても、行政が合法的に、強制的にその人をどかすことが出来る、というものです。
道路やダムの建設、空港建設などの時、適用されてきています。
今回は、三多摩地域広域廃棄物処分組合が、東京都(行政)に立ち退きの代執行を頼みました。
トラスト地主に代わって、東京都が立ち退きの執行をするということ。
立ち退きの執行とは、土地にある立ち木、工作物、動産その他いっさいの物件を取り壊して撤去し、更地にすることです。
日の出の森トラスト共有地には、「風の塔」と名付けられたオブジェを始め、色々な彫刻が並べられています。
キャンプや散策をしながら自然環境に直に触れたりお話を聞こうという、「ひので大学」が開かれたり、野外ステージもあります。

ここでは、電気・ガス・水道の供給はなく、太陽電池や井戸水を利用しています。
私宛ての『代執行令書』に書かれた請求金額24,000,000円は、こうしたもの全てを取り壊して撤去し、更地にするまでに掛かる一切の費用の概算総額というわけです。
正確には、このうち私の土地所有分に相当する割合額、960円が私への請求額になります。

それより前、99年の11月から今年の3月までトラスト地主のところに補償金引渡しに職員の訪問が行われました。
うちにも、年明けに二人来られました。
補償金を持って、受領書を用意して、一度は私が留守をしていたので、寒い中を一時間ほどしてまた来られました。
ここで補償金を受け取れば、その時点で私は地主ではなくなります。
このとき訪問された二人の方は、はつらつとした様子とはだいぶ遠く、目の下に隈ができたような疲れた表情に見えました。
喋っている言葉にも、肉声が感じられない。
深くものを考える事を止めてしまっているような、そんな空虚さを感じました。
きっと彼らも家に帰れば一個人、子どもを持つお父さんかもしれない。
どんな意識でおられたかはわかりません。
あくまでも私の目に映った事でしかありません。

結局私はその時お金を受け取らず、受け取り拒否もしませんでした。
「のらりくらり」とはっきりした態度をとりませんでした。
強制収用執行まで、少しでも時間を稼ぎたいがためでした。

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都民に迫る災害
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第一処分場からの有害物質は地下水脈を汚している可能性があります。
この地下水脈は、都民の水源地に繋がっているのです。
さらに恐ろしい事には、今稼動を開始している第二処分場は、第1処分場のある側とは山の反対の斜面に位置し、こちらの地下水脈は都民の水源地に直接流れ込んでいるといわれます。
日の出の森には、毎日10トントラックが100台以上も有害物質を含む焼却灰を満載して運び入れます。このトラックの出す排気ガスによって、付近の大気汚染も深刻です。
樹木の立ち枯れも起きています。
当然そこに生息してきた小動物を始め、生態系に大きな狂いが生じてきています。
都民にとって水質汚染の危険性があるだけでなく、重要な酸素供給源が消えようとしています。
山の木々、動物が消えていくことは、やがて海に影響を及ぼすことでしょう。
環境の環の中にあって、人間だけがなんの影響も受けずにいられるはずのないことは、既に私たちもよく知っていることです。

自分が毎日飲む水の中に、鉛や砒素やダイオキシンが入ってるかもしれないなんて、誰が好きこのんでそのような状況を作り出したいでしょう。
処分組合の人も、処分場建設推進派の人も、そういう状況は望まないでしょう。
処分場建設を勧めたい人にとって、ほんとに望む事は何だったのでしょう。
処分場の建設は、望みを叶えるための手段のうち、一つの選択肢じゃなかったのか。
望みは町の活性化だったかもしれない、若い人や子どもたちにとっても住みやすい町にしたいことだったかもしれない。

選択に危険な要素があるとすれば、それを変更し、目的を叶えるために別の手段を選ぶ事が出来るのではないでしょうか。
いつからでも引き返せばいいと思うのです。
そのときに、勝ちも負けもそこにはない。

私には、都民の命を脅かされるであろう重大な災害が、何らてだてをこうじられぬままに着々と始まっていると思えてなりません。
今、現実に起きている災害に何ら積極的に手を差し伸べず、既に始まっているかもしれない災害には目を閉ざそうとするのでしょうか。
一体いくらのお金があの災害訓練につぎ込まれたのか。
本当に都民の命を災害から守ろうというのであれば、日の出の森でこれまで起こってきたこと、これから何が起ころうとしているのか、それを知るべきでしょう。
手段を誤って本来の目的が叶わなくなる、そんなことがないのかどうか、もう一度よく考えてみるべきだと思います。

予定通りこのまま強制収用が行われれば、2000年10月にトラスト共有地は処分場に飲み込まれるのです…。

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未来につなげるために
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トラスト運動にかかわってきた人々のメッセージです。

『ごめんなさい、日の出の森の生き物たち。もう守りきれないかもしれない。
みんなの命の分、もっといい未来をつくるよう、まじめに考えるよ。
その始まりの日にしよう。』

万に一つ、日の出の森の第二処理場計画がストップしたとして、それが果たして勝利といえるのでしょうか?
処分組合の誰かが、これまでの対応のまずさの責任を負ってそれなりの処分を受けたとして、それが喜びに繋がるのでしょうか?
ちょっと大変な事になっていきはしないだろうか、本当にそうなってもいいんだろうかと一人一人が自分自身に立ち返って一度立ち止まって考えて見る。
そうでなければ、大もとは何も解決していないのだと思います。
結果はどうあれ、この事にいろんな立場で関わった一人一人が、改めてこれから何を目指すかを問いなおさなければ。

生ゴミを堆肥化するだけでも、家庭ゴミは半減できる。しかし家庭で堆肥を作るのも限界があるところを、地域でシステム化していけないだろうか。
有害ゴミを安全に保管しておく「ホテルシステム」や「堆肥化工場」などを含んだ、「循環型クローズドシステム処分場」など、化学者や企業が既に持っているいろんな案について知りたい。
大量にゴミを出す消費社会全体の在り方を見つめなおしてみよう。
私で言えば、私や家族の食べ物の事から、ゴミをいかに出さない工夫、そして自分の思いを表現していくこと。
そんなごくごく身近なことに、改めて自分がどう生きたいのかを重ね合わせて考えてみる。
背伸びしないで、無理なことを課さないで、それでもちょっと変わっていきたい。
そんなことを、いろんな所で着々と進めていく、小さな積み重ねがやがて大きな流れになることを祈って。

そう言う意味では、『始まりの日』は、もう既に多くの人の中で始まっているのかもしれません。

日の出の森とごみ処分場についてのホームページ



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