" Io - 小さな声

Io
日本と、あなたの今に関して


送られてきたみんなの声


#381

2003/9/10

かるがも

東京都
20歳
学生

安易に平和を唱えたり、無知に戦争を賛美するのは決して許される事ではない。
だからこそ、テロが起きたあの日から私は毎日考えていた。
人によっては私を戦争賛美者などと言う、だがそれは違うと言いたい。
願っているのは平和と言う点に置いて、私は共通の認識を持っている。
私はブッシュ政権の戦争に賛成の立場だ。
それにはあらゆる理由がある。
人は行き交い、民族は混じり、東洋人とも西洋人とも区別しかない人種が生まれつつある。
この地球規模の混ざりは莫大な富と機会の均質化、広大な自由と数多の幸福を手に入れる権利を与える。
グローバリズムである。
グローバリズムの進展に伴い国家国民の生命線は地球規模に拡大、延長、膨張した。
特に日本は資源輸入大国であり、その現実を歴史上何度も突きつけられている。
この場合、日本の死活問題として海路の確保と資源輸出相手国の政情安定が望ましい。
その場合は無論政情安定や資源輸入の為に相手国の主権を侵害するわけにはいかないので、
集団的自衛権や多国間安全保障の枠組みを考える必要がある。
そしてこの多国間、日本人からすれば日本を中心とする多国間の安全保障を脅かす物に対しては
あらゆる手法を用いて平和を達成させなければならないグローバリズムの掟がある。
そしてグローバリズムから外れた存在の国家は多国間の安全保障を必要としない。
同時にそれらは危険な国家になりえる。
その時、集団的自衛権や多国間安全保障を駆使する必要がある。
現在のブッシュ政権が行っている戦争はその前段階と言っていい。
冷戦崩壊後、ソ連連邦の共産圏支配下にあった国々は独立し、
その独立した国々では共産主義に代わって民族主義と国粋主義が台頭した。
先進諸国は冷戦体制に安堵したまま時を経て、ある日ふと危機感を感じ転換に踏み出した。
第一に NATO へのロシア加盟である。
NATOはそもそも共産主義の防波堤、仮想敵国はロシアに設定されていた。
その目標ロシアが NATOに加盟する事によって、NATOの存在意義は変質した。
第二に先進諸国で台頭し、資本主義の代替とされる民族主義や国粋主義である。
無論極端な民族主義や国粋主義は排他主義になりかねず、それらとは違う道を探すべきである。
第三にイギリスのブレア首相、アメリカのブッシュ大統領、日本の故小渕総理が提唱した共通点がある。
それは「第三の社会(または道)」である。
これは冷戦崩壊後の先進諸国に新たな国家方針として掲げられた全く別の道である。
重要なのはもともとブレアもブッシュも戦争に関しては音痴で、内政専門家である事だ。
特にブッシュは家庭内の幸福、社会の荒廃、クリントン前政権のあまりに経済政策に偏りすぎた政策を是正し、
家庭重視、社会重視を掲げた人物である。
現実そうなっていないのはやはりテロのせいであると考えるべきだろう。
優先順位は変更された。
小渕も同様に、かつて日本は外圧でしか変化しなかったが、
現在の日本の変革の圧力は国内から出ている、と言った。
政治思想の色分けに良く使われる「右」「左」は既に混同を始め、
もはや共産主義や資本主義である事が自己同一性、主張または個人の尊厳の要素にはならなくなった。
そこで新たな政治の方向が第三の道である。
提唱者はイギリスの社会学者アンソニー・ギデンス。
興味がある方は本を買うなり、ネットで調べて貰いたい。
第三の道がどうであるかの説明は長くなるので省くが、
それらの社会の基盤を共有、あるいは共通の理念を持つ国家同士がお互いに同盟国だと感じ接近するのは不思議な現象ではない。
よってこれからはアメリカを中心とする一つの自衛権を共有する国家集団が誕生し、
日本、イギリスなどはこれに加盟する。
これは日本やイギリスがアメリカの属国であると言う意味ではなく、
自然的摂理による物だ。
例えばオーストラリアの最大輸出相手国は日本だが、
オーストラリアの外交基本方針は、日本に賛同、アメリカに賛同、である。
だからといってオーストラリアは日本の属国か?アメリカの属国か?
オーストラリアは重要な鉱物資源を握っており、日本やアメリカに輸出している。
これは属国ではなく、お互いに友好な関係を築く大きな機会と捉えるべきだ。
そしてこれは需要と供給が成立し、なおかつ人権や自由、法律や国家に対する基本的価値観が共通であるから出来る事である。
現に小泉純一郎の外交私的諮問機関は日本、オーストラリア、カナダの同盟を提言している。
そしてこれらの同盟は後に拡大され、自他共に認める世界最強のアメリカを中心とする集団的自衛権に日本は組み込まれる。
この場合「アメリカの戦争に日本が巻き込まれる。」と言う認識は古い。
正しくは「アメリカを中心とする集団的自衛権に沿って日本は平和と自由を守る戦闘行為を行う。」である。
もちろん、上で話した様な通りに世界が進展するとは私も思っていない。
現在のロシアは空前の好景気、多少国家財政が赤字だが急成長している中国がいる。
他にもインド、アフリカの油田地域などの国際社会の参加も加わり、より世界は流動的になるだろう。
だがこれらの事態は今以上に集団的自衛権が有効である事を認識させる。
国家は単独は生きていけぬ、国家は友好国家間の相互防衛及び生命線を守る義務がある。
無論、アメリカ抜きで達成可能な多国間安全保障の具体案が存在し、
かつそれらが国家国民に多大な恩恵と利益をもたらすと国民が判断するのであれば、
別にアメリカに固執する必要も無い。
私の意見を過激と言う人もいるが、私は正しいと思って書いている。
もちろん反論反対意見があるのは承知している。
実際に私はネット以外でもこう言う発言をし、批判反論の嵐を浴びている。
だがこう言う事を考えて、そしてそれが正しいと思っている人間もいる。
そう言う事を皆さんにも知って貰いたかった。
繰り返すが、安易な反米、無知の親米になってはならない。
反戦主義だからといって全世界に武装放棄を命じても誰も応じるわけがない。
平和の中で生きて育った人間の倫理を戦場で生き抜いてきた人間に適用は出来ない。
それは駄々っ子の理論であり、それは世界に、あるいは実際に戦争をしている人間には通用しない。
具体的、かつ現実的な平和を模索し、そして何より大切なのは国民の生活、権利、自由が守られ、達成される事である。
以上が私の意見です。
雑な長文を読んでくれた人に、有難う。

#380

2003/3/24

井上ひろこ

埼玉県
47歳
mail:sinoue@saitama.email.ne.jp


2003年3月中旬、私の頭の中に渦巻いていること
         
ブッシュ政権が攻撃を始めてしまったね。
57年余りの間、日本は戦争状態にはなかったかもしれないけど、
じゃあ平和なのか、この前の戦争よりこちらずっと平和だったのか?
っていう問いには答えが出てきません、私には分からない。

私は? という問いを自分に投げてみると、私は今幸せだと感じているけれど、これは誰かによって認定されたものじゃあないと思う。
誰かに「あなたは幸せですよ」と断じてもらったり、評価してもらって、「そうなんだ」と思うようなことじゃなく、
私自身が誰の認定も必要ないところで、そのように感じるということ、これは確かな感覚として持っています。

「侵略」ってことを考えると、国と国との出来事となれば「戦争」という言葉になるのかなと思うんだけど。
これが私には、すごく日常的な光景とかぶってきます。

ブッシュ政権は、「イラク国民をフセインの独裁政権から解放してあげる、民主主義国家の再建に向けた」正義の戦争と言ってる。
そしてイラク国内に爆弾を落とす。
最新兵器を使う。
アフガニスタンで撒いたクラスター爆弾の、もっと性能高いやつが使われるという情報もある。
劣化ウラン弾を落とす可能性ある(核もじさぬと表明)。

「被爆体験? アア、以前うちの国でもありましたよ、へえ、お宅もそうなんですか、まあ戦争ともなればよくあることで・・・」
日本はこの攻撃を支持するって言った事で、唯一の被爆国として世界中にこう宣言してるようなものじゃないのか?
降伏ということになったその時、
「ヨシヨシ、謝っていい子だね。悪いことしてたってわかったんだね」みたいな感じで、お次は戦後の復興支援する。
日本に対する戦後政策を、イラクでのモデルにするのしないの、って話もあったっけ。
その民主主義国家再編「成功例」としての日本政府の実情はといえば…
「憲法? 一応あるにはあるんだけど、どういう意味だかよく知らなくて。使いかたなんて全然わからないんですよ。」
憲法は、政府・国家を縛るものっていうことを知らない政府(そしてもしかしたら、それは多くの市民も同様なのかもしれない)のままに、この国には憲法が存在してきたってことみたいで、ほんとにここら辺はブラックジョークもいい加減にしてくれと言いたくなる。

ブッシュ政権のイラク攻撃は、ほんとは自分の都合でしょ? そうじゃないの? って、そこはすごく私は疑い抱いてしまうんですね。
で、自分に都合よく「適応」すれば、飴を与え、「適応」せずに自己主張すれば、「不適応」と嘆き悲しみ、哀れんだりしてあげて、そして「正義」の名の元に、暴力振るう。
フセイン政権を独裁的だと断ずるならば、鏡に写った己の姿はどう見えるんだろう?

日本は早々と、戦後のイラク復興に向けて、多額の金銭掛けて支援することを既に決めてるようだけど、これって「復興支援」なんてものなの?
ブッシュ政権がメチャクチャにしていくであろうものを、戦後賠償しなくちゃいけないようなことの、肩代わりでないのかしら。

北朝鮮とのこともあるんで、どうしても朝鮮半島とのことを考えてしまうんだけど、ちょっと前には、大東亜共栄圏なんて「大儀名分」もあったっけ。
1965年(まさに私たちがこの世に存在してる時代!)の日韓条約を考えると、朝鮮半島にどかどか踏みこんでって、そこを占領して立てた建造物やらなにやらを、「私的財産」と称して、「それはそっちに獲られちゃうじゃない、だから日本にだって保障して欲しいもんがあるのにそこは不問に附すんだから、韓国からも保障なんて話は持ち出さないでね、相殺でしょ」
ということにしてしまって、戦後賠償問題にはしないで済ませた、それが日韓条約の持つ一面であると、私にはそのようにも見えるんだけれど。

そして、それで手を打った韓国政府には、韓国政府の思惑がモチロンあった、のかどうか、そこは私は知らないけれども。でもそれは民意を反映したもんじゃあなかっただろうな。
さもなけりゃ、こうして何度も戦後保障という言葉がちらつくわけがない。

今回のイラク攻撃を支持して、その先に「復興支援」をと声高に世界に向けて表明しちゃうその日本政府の神経には、
人には他人には侵しがたい心ってものがある、という前提が微塵も感じられない。
あいもかわらず…と私には感じられる。

これって、なにか虐待を思わせるんです。
私がここに使ってる「虐待」という言葉の意味として、殴る蹴るという行為ばかりをそこに込めているんでなくて、
ここでは、人間としてみなさないこと、と言い替えてもいいかもしれない。
親と子の間でも、パートナーという関係の中でも、もうあらゆる人と人との関わりの中に起こり得ること。

「これがあなたのあるべき姿」
「あなたにとって、すべて良かれと思ってしてあげてること」って言って、かんじんの「あなた」の言葉なんかに耳を傾けようともせず、勝手に決めつけて、そして脅し、すかし、時には涙なんか流しちゃって…
「なんて困ったヤツだ・・・」と「不適応」者に仕立て上げ、しつけと称して暴力を振るう。
「余計なこと考えなくていい」のよ、みたいに心の中に侵略してくる。
「適応」すれば喜んでご褒美なんか与える。
その喜びは「私だけのもの」じゃなく、さも「あなた自身のもの」であるかのように振舞って。

「適応」した姿が表向きだったとしても、心の底に何を沈殿させてようが、そんなことにはお構いなし、
そりゃあそうかもしれない、だってハナっから、「あなた」の気持ちになんか興味ないんだろうから。
ただ、「自分の都合」がかないさえすれば、後は「あなた」のことなんかどうでもいいのかもしれない。

そんなものと、すごくかぶるのです。
近代に数々起きた「侵略戦争」というものの根源的な部分とか、民意を抑圧する独裁政権なんていうものが。
どちらかというと、「加害者」に自分を置いてみる、容易にそれが想像されてしまう傾向が、私にはあるのかも知れないんですが。
それは日常でも、充分にこの危険性と背中併せに生きているという風に感じるからなんです。

私は多分、人の足を踏んづけながら生きてると思ってるから。
痛いと教えてもらわない限り、踏んづけたことに気づかず終わるということを、これまでにもいっぱい持ってしまってるんでないかと思う。
いくら人の足なんて踏んづけたくないと思っていても、そのつもりがなくてやる、時には「善意」からやってたりするのかもしれない。
だから「実はあなたは私の足を踏んづけてるよ、それって」と教えてもらえることは、私にとって幸いだと思ってる。

そのくらい、人というのはそれぞれに違う個体で、心は他者には踏み込めない領域なんじゃないかと感じます。
要するに、他の人のことは私には判らんということです。

「戦争」ということになると、命令が下れば、ともかく相手がどんな人であろうが、私が個人的にどういう気持ちでいようがいまいが、そんなこととはお構いなく ともかく「殺す」ということを実行することが「良きこと」になる。
そのことは、命令としたら「ここにいる人間殺せ」じゃなく、「ナンタラ基地を攻撃粉砕せよ」という名目で下されるのかもしれないけれど。
でも、それを忠実に全うする過程で、まずは非常に高い確率で人間を殺す、あるいは傷つける。

つまり私にとっては、「加害」が別段、すごく遠い想像の中のできごと、って感じじゃないもんだから、このことを思うわけだけど、これって、知っていてやらねばならないとしたら、その時点でたまらないです。

目の前に「敵」になった人間が縛られてます。
上官の命令で、突き殺さなければなりません。
上官の命令で銃殺しなければなりません。

…ほんとに怖いです、私は殺すことが怖いばかりでなく、それを実行すれば、私が壊れるだろうことが怖い。
それを実行しなければ、私が殺されるかもしれないことが怖い。
いずれにしても、すごく怖い。

それを「正義」の名の元に、アメリカという国全体、つまりアメリカ合衆国市民全員に対し、加害者たれ、ということをブッシュ大統領は宣言したということだと思う。

小泉首相は、日本の首相としては戦後始めて、「戦争」を支持すると発言してしまった。
そしてブッシュ政権のイラク攻撃を支持し、実際物質的にも支援することで、日本人全員に対し、加害者たれ、と言っていることだと思う。

このことが、私には耐えられない。
もう壊れそうだ。
ブッシュ大統領が、小泉首相が、ここにきて誰かによって暗殺されてくれたら…、ということを心の奥で想像するほどに、私は既に壊れかかっていることが怖い。
こういうものを私に生じさせる、憎しみの連鎖が、私は怖いです。

今、イラクで行なわれている戦争の只中にいる、それぞれの人たちが何を見、どんな事を感じているのか、そこに自分を置いてみれば想像されるものがあります。
そこに自分の目を向けてみる時、私の中に湧いてくるものは、「安らかな心地」ではありません。

だから実はとても怖いです。
いっそ、なにも見ず、何も知らずにいれば穏やかでいられるかもしれない、そんな気持ちも湧いてくるけれど、見ること、知ること、そして私が感じること、私が人間であリ続けるために、私にとってはそれが必要なんじゃないかと思えています。


#379

2003/3/23

戦争ダメ

静岡県
15歳
mail:saori_minnie@yahoo.co.jp

戦争は、絶対にだめ!!!
私は小学生の頃、アンネの日記という本に出会いました。
読み終わって涙が出ました。自分と年が変わらないのに、なぜこんな文章が書けるのかと衝撃を受けました。
表面には辛い世の中をひたむきに生きる、とても前向きな文章ですが、その奥には年相応ではないある種のあきらめが感じられたからです。
今、このままで未来になったら、アンネのような女の子が何人になってしまうのかと、私はとても心配です。
もしかしたら今この文章を書いている私だって、戦争によって死んでしまうかもしれない。
二人目のアンネになってしまう可能性は、誰にでも十分あると思います。
どこにも保証はないから…日本は平和憲法で守られていると思いがちですが、私は安心できないと思います。
いくら少しでも、戦争肯定派の人がいるからです。日本政府のたった一部の政治家だけが、戦争を肯定し、自分たちの行為を正当化し、大部分の反対している人たちを従えようとしています。そんな国家は断固否定。
イラクへの武力行使を支持する=戦争に参加しているのと同じだと思う。
日本が戦争のためにだしたお金や労力が形を変えてイラクの人々を苦しめることになる。
だから早くまちがいに気付いて欲しいです、日本の政府に…


#378

2003/3/22

児玉美加

東京都
21歳
学生
mail:mica-runrun@gold.ocn.ne.jp

はじめまして、こんばんは。
昨日、ヴェトナム旅行から帰ってきたらイラク攻撃がついに始まっていました。
ヴェトナムで、戦争時の思わず目を背けたくなるような数々の写真を見たり、今でも後遺症で苦しむ人たちが町なかで働いてる姿を目にし、戦争の悲惨さを改めて実感したそんな中、2度と繰り返してはならないことがついに起こってしまいました。

私たちの地球のどんな場所であっても、あの悲惨な光景が2度と蘇ることのないように、部屋の中からでも、一人でも出来るコトから、今でもまだ遅くないと思って こういう素敵な場所に書き込みさせて頂きました。
 


#377

2003/3/18

egoばあちゃん

愛知県
60歳
農業
mail:sumie@sf6.so-net.ne.jp

米国にただ、ただ、従って行く。ほかに選択肢はないから。
これが日本政府の見解だって? 

テレビの中でも国会議員が当然と吼えている
選択肢がなく従うのは同盟関係とちがうじゃない 隷属関係でしょう・・
(ほかに選択肢が無い)なんてもう頭脳が金属疲労してるんでしょう

北朝鮮があるから米国に頼るしか無いだって? 恥じ知らずもいいとこ
どんなに苦しい事も厳しい事も、独立した大人で有れば頼る事もおんぶする事も自分で解決しなければならないときが有る 独立した一つの国の指導者がこんな人達ばかりとは
すべては指導者を選んだ市民、私達がしっかり考える事ですね


#376

2003/2/16

中年留学生

英国
51歳

2月15日,ロンドンでの戦争反対デモに参加してきました.
北イングランドに住んでいるので ロンドンまではバスで6時間の道のり,大学からバス4台に分乗して朝の6時にサンダーランドを出発しロンドン到着は,12時過ぎ,バスから降りるとデモ出発地のエンバンクメントまで歩くところからすでにデモが始まりました.

日本では集会があって,それからデモというのが一般的ですが,こちらは,すぐデモ.こんな大規模なデモは初めての経験です.2百万人もの人が集まる歴史的なデモに参加できた機会を得た事を誇りに思います.

この日は世界中で同じ集会デモが企画され参加された人も多いと思います.ここロンドンでは,初めてデモに参加した普通の人達の列でロンドン中の道が埋め尽くされました.

「石油のための戦争反対」「イラクの子供を守れ」「戦争でテロは防げない,」といったスローガンやブッシュとブレアーがキスをしている写真のプラカードなど,思い思いの手製のプラカードをつくり参加していました.私の大学からも
イギリス人以外の学生が多数参加しました.この傾向は他の大学も同じで,デモの人垣は多国籍のグループで埋め尽くされました.ピカデリーサーカスのジャパンセンターの横を通りすぎるとき多くの無関心の日本人が買い物をしているのを見た時は,本当に悲しくなりましたが,デモの列にも多くの日本人を見つけほっとしました.

 正義が感じられないイラクへの攻撃,世界の人々は,怒り,攻撃する側から自分の名前を外して欲しいと,子ども達もデモに参加するこの国に住む人達の思いが2百万人という人の波を作り上げました.グラスゴーでは8万人がスコットランドの人達の参加で戦争反対の意思を表しました.戦争当事国になるかも知れない緊迫感が,戦争NOをトニーブレアーに伝える機会になったのかもしれません.日本でも,ブッシュに戦費を負担するなら同じ事です.「小泉首相は喧嘩好きのブッシュを支持するな」とプラカードで一人の日本人の気持ちを伝える事ができ,また,暖かい反応がたくさんあったことは大きな励ましになりました.

バスで再びサンダーランドに戻ったのは夜中の2時でした.疲れたけどとても充実した日でした.日本の若者はどうしてしまったのでしょう.世界のことなどどうでも良い,ファッションだけが大事とでも考えているのでしょうか.国際感覚とは人権感覚そのものです.
国際感覚を磨いて欲しいですね.
 

#375

2003/1/23

Egoばあちゃん

愛知県
60歳
農業

テレビ・新聞のニュウスを見てもイラクへの攻撃は日本で7割、世界の主要国でも反対が賛成より多数とされているのにひたすら戦争へ進んで行くのだろうか?

人殺しの為に税金を使いたくない でもイ-ジス艦は派遣されて行く 国会議員には何か得するものがあるんだろうな・もちろん ブッシュにも

エライひとには将棋盤のコマを打つ位に攻撃の合図をするだけ
小さな駒が一つ一つの命だと考えなど付かないのだろうと思う
 
でもマスコミはなぜ誰も報道しないのだろう、爆弾は破壊するだけでなく放射能をまきちらして
いると。

アメリカ人はアメリカ人以外の世界中の子供達が原爆病になっても抑圧者から開放したと英雄気取りなのだろう 

映画ジェラッシク・パ−クを見て自分達さえ助かれば多の大勢の犠牲なんて考えもせず 
ハッピ−ハッピ−で終わる
見終わった後からだが震えるほど腹がたちました


#374

2003/1/8

阪野信子

愛知県
41歳
主婦

21世紀になったというのに、まだ人は争いの中にいます。
自分の利益や、恐怖や、強い者からのとらわれに 逃げだすことができないでいます。

本当は、もっと素直に、自分の弱さを認めてみたいのかもしれない。
弱さを認めるのは、本当の勇気がいる。
本当の勇気があれば、争う必要などないはず、

戦争という、暴力的な手段を使わなくても
こんなに、文明や、文化や科学が発達した人類だもの
話し合うことが、できるはずです。

小泉さんも、ブッシュさんも 振り上げた手を、下ろすのは、カッコいいことです。

大人が、暴力を使わずに、解決できることを 子どもたちに見せていきましょう。
子どもたちに、放射能まみれの地球を残していくのですか?
私達が立ち向かうべきは、貧困や、天災や、病気や、汚染や、 何より暴力でしか解決できない、心の荒廃ではないでしょうか?



#373

2002/12/18

たけたけ

埼玉県
46歳

WTCから一年、日本はイージス艦派遣まできてしまった。
これで東京、横須賀、横浜はテロから本格的に狙われるかもしれない。
それによって国民感情がますます戦争の方向に走るのがとても怖い。
いったい、何人の子どもをまきこめば、気が済むのだろう。


#372

2002/12/4

koto

神奈川県
19歳
学生―彫刻
http://art.freespace.jp/kotobuki/

戦争、テロ、拉致などのニュースが毎日放送される中、日に日に人に対しての不信感が大きくなっているような感じがしてしまうのは私だけではないと思います。
こう言った色んな方の幸せと平和を願う気持ちを見ることのできるホームページがあることを知り、とても感動しました。
しばらく前にあるフォト・ジャーナリストの写真展を見に行った時に、貧困と戦争の中、(私の目から見ると)とても苦しい生活を送っているだろうとても幼い子供の「この国は自由だ」「この国が好きです」「私は幸せです」と言う言葉にショックを受けました。

一刻も早く、彼らのその気持ちを裏切ることのないような、そしてもっと好きだと思えるような国になるよう彼らの国のリーダーも私達ももっと協力できる平和な日が来ますように。
戦いをすることに埋まっている人たちは、戦いをしない勇気を持って欲しい。
武力に頼らない心の強い人間であって欲しい。
人の心がどんなものなのか、自分の心がどんなものなのか見つめる心の広さを持って欲しい。
苦しんでいる人の悲しみを悲しいと感じる心を持って欲しい。
平和のために一緒に苦しみながら頑張ろうと思って欲しい。

平和な生活を送っていられる私たちは、同じ地球にいる人の辛さに涙する心を持っていたい。
そういう悲しい現実を瞬きもせずに直視できる強さを持って、忘れることなく未来の子供達に伝えたい。
支えることのできる芯の強い人間でありたい。

このホームページのように、何がいいことで何が悪い事か話し合う心を持っていたい。
そう思います。
このような素敵なホームページがもっと広まっていくことを願っています。


#371

2002/9/19

愛知県
62歳

有事法制反対
小泉首相の訪朝により、拉致されたと思われた人々の安否がわかりました。死亡した方々の胸の中はどんなでしょう。子を持つ親としてやりきれません。その詳細がわかるにつれ驚いています。北朝鮮との国交断絶は第二次大戦後であり、相手が社会主義国でもあり正常化が遅れたと思います。

拉致された方々の悲劇は戦争による悲劇です。戦争は絶対にあってはなりません。北の工作員が「第二次大戦中に日本が民衆に残酷な事をしたのと北朝鮮がごく普通の人を拉致したのは同じだ」と語っているのをテレビで聴きました。
しかし第二次大戦中の日本と終戦後の日本とは違います。

戦後の日本は武器を捨て、平和憲法を掲げた主権在民の国となったのです。その主権者が拉致されたのです。
戦争をしないと世界に誓った国民が拉致されたのです。私はこの事に怒りを憶えます。北朝鮮が世界に国々の中へ入ってくる事は望ましいことです。しかし首相の「包括的に考えて」という表現は「お国のためには一人の生命は」との表現に似ていて不安です。

有事法制には絶対反対です。こんな首相の下で法案が通ったらと恐怖にとらわれます。


#370

2002/9/9

やーやん

石川県
38歳

去年の夏休みに息子(現在小学5年生)と「はだしのゲン」上映会に行きました。
二人で涙ながしながら息子に”もし今後、戦争が起きそうになったらNOって言おうね”って話しました。

その一ヶ月後にテロが・・・私は息子に何て説明したらいいかわからず、親としてどうしたらいいかわからず情けない思いでいっぱいでした。ちょうど息子のクラスで、土曜日の朝自習の時間に絵本読みをさせていただいていたので、テロ後すぐの土曜日に「あいうえおの木」を読みました。子供達は”テロって戦争?”とか”報復って?”聞いてきました。とても真剣なまなざしに目がうるうるしちゃって子どもたちを守りたいっていう思いでいっぱいでした。

私にはネットワークもなくて、自分の言葉で説明出来ずずっと自分の無力さを知り悶々としていました。この冊子を家族で読むことができてよかったです。こんなにたくさんの「小さな声」があることを息子が知ることができて。

この声(平和を願う気持ち)がもっともっと綿毛のように飛んで行ってほしいです。


#369

2002/9/3

吉田 真紀子

北海道
38歳
鶏飼い
http://www.geocities.com/ceasefire_anet/misc/yuji_index.htm

どうしたら戦争がなくなるだろうと考えても考えても、スカッと展望が開けるような、いい方法が見つかりません。
戦争は嫌だと思う人ひとりひとりが、ちょっとずつ勇気を出し合って、ちょっとずつ時間を割きあって、やっていくしかなさそうですね。
そうしてその思いが目に見えるくらいになってきたら、それはやはり無力ではなくて、戦争をする気だった人たちを、少し及び腰にすることができているのだと思います。
粘り強く、粘り強く、あきらめないで、いたわりあって、細くてもいいから長く、休んでもいいからまた立ち上がって、戦争をしようとする動機を無力にしていきましょう。
大切なものは、どこからも取ってこなくても、最初から自分の中にあるのだから。
安心して、深呼吸して、笑って、愛して。
手をつないでいきましょう。

#368

2002/8/25

滋賀県
37歳

#278 2001/12/20 かわさんの投稿について。
確かにアメリカは本土攻撃を受けたことがあります。
1812年の米英戦争時に、イギリス軍がワシントンを攻撃していますし、ニーューオリンズで地上戦もあったと思います。
ただし、ニーューオリンズでの地上戦は停戦の連絡が届かなかったために、停戦後におこっていますが。
「アメリカは本土攻撃を受けたことが無い」という発言は白村江の戦いに敗れているのに、戦いに敗れたことが無い神国日本といっていたのと同種のプロパガンダ発言では無いでしょうか?。
 

#367

2002/7/4

すずらん

愛知県
41歳
主婦

夫と私は、結婚前に広島の江田島にある自衛隊の記念館に行ったことがありました。特攻隊で死んでいった若い兵士たちの家族へあてた手紙(遺書)がありました。その手紙を読みながら、二人は涙を流しました。熱い思いがこみ上げてきました。しかし、そこで感じた思いはそれぞれに違っていたのです。
私は、『こんなに若い(14.5歳)少年たちが親や家族を残してお国のためにと死んでいく世の中なんておかしいんだ。決して、過ちは再び犯してはならないんだと思いました。戦争なんか嫌だ!』と。
一方、夫は『若くしてお国のため(親や家族のため)に命を投げ出した若者に共感したらしいのです。俺も何かがあればそうなりたい』と・・・。
同じものを見て抱いた思いに違いがあることに私たちは気づかずに20年近くを過ごしていました。
ところが、昨年の9月のテロ事件の際に、お互いの思いが違っていたことに気づいたのです。
夫は、『報復して当然だ。やられたらやり返すのは当然だろう。誰かが家族を傷つけたら俺はそいつに抗議に行く、それと一緒だろう。俺は子どもやお前を守らなければならないんだ。戦争が起きたら志願兵になる』というのです。
私は、『やられたらやり返すのではなくて、どうしてそうなったのか考えるべきだ。報復で問題が解決できるはずがない。もし、戦争になって志願兵になるというのなら私は離婚する』と言い張りました。
家の中で戦いが始まってしまいました。
話し合いを続けるうちに、冒頭で書いた広島での話しになって、熱い思いの違いを言葉にすることもないまま過ごしてきたことに驚いてしまいました。それと同時に話し合いの大切さを感じました。
暴力は怒りから生まれ、怒りは不安から生まれる。そして、不安は孤立したり、わかってもらえないという思いから生まれる。
暴力は暴力では押さえつけられないことをわかってもらいたい・・・。
その後、夫は坂本龍一さん監修の『非戦』という本を読んでいました。
私の思いは伝わったようです。
小泉総理にも尋ねてみたい、戦争で亡くなった方々からあなたは何を感じているんですか?


#366

2002/6/25

愛知県
63歳

新聞等を読んでいますと、国会議員の多くの人々が、有事法制が必要だと思っているようです。本当に必要なのでしょうか?
与党の人々はよく「戸締り論」を述べます。一軒の家でも泥棒が入らない様に鍵を掛けるだろうと。有事法案の底にあるのは自衛論ではなく、こちらから銃を持って「あなたは泥棒に入ろうと思っているのです」と他人の家に入っていくのに似ていると思います。

宰相吉田茂は「真の安全保障とは他国の信頼を勝ち取ることにある」と思っていました。アメリカの信頼を勝ち取るために、小泉内閣は軍隊を持つのですか?世界の国はアメリカ一国ではありません。そして世界の国々はアメリカを嫌っています。今一番『戦争ごっこ』をしたがっている国はアメリカです。

本当に有事法制は必要ですか?主権は私達国民にあります。主権者から有事法制をとの請えが出たわけではありません。国民でもっと議論すべきです。同時に日本国憲法をもっと読み、憲法についても論議しましょう。


#365

2002/6/25

兵庫県
44歳

 大正生まれの母は 子供のころの戦争のつらい体験を よく話してくれた。
戦争の映画は どんな映画だろうと絶対見たくないと言っていた。
友人たちと 有事法案の不安を話していた次の日、小泉首相が沖縄を訪れたことを知って驚いた。
犠牲になった罪の無い人たちに 何を祈るというのだろう。
本当の平和を願うのなら こどもたちの未来のためにも有事法案を撤回してほしい。


#364

2002/6/15

伊藤桃子

東京都
13歳
mail:momoko@itoh.org

「有事法制は国が戦争をするための法律です」
のような事のかかれたポスターが、家の近くにも張ってあるけど
戦争にあったことがないので、どうしても他人事に思えてしまいます

自分の今住んでいる家がなくなるなんて想像がつかないし
火の海という表現は聞くけど、そこにいる人の気持ちはわからない
いくら本当だ、といわれても実感が湧きません
他人事じゃない、といわれても他人事だと感じてしまう

そう思うからからこそ、本当に戦争などにあった時にやりきれなくなるのかもしれませんが
でも「やりきれない」って、本当はどんな感じなんでしょう。


#363

2002/6/13

軍国少女

愛知県
75歳

戦中の子どもたちの受けた教育がどんなものだったかお話したいと思います。

・ 日本は世界に比類ない万世一系の天皇を戴いている。
  天皇は太陽(天照大神ーアマテラスオオミカミー)から始まった現人神で、人間と同一視するのは不敬である。
・ 日本は世界の中心で一番偉い国である。
・ 日本は天皇を戴いて天皇(大元帥陛下)のご命令は絶対として守るから間違いが無いが、民主主義国は衆愚政治でだめである。
・ だめな国が石油や領土を独占して勝手なことをするから日本がすべてを手に入れて世界を統一して君臨し、天皇は全世界の支配者になり、世界が日本のように良くならないといけない。
・ そのためには国民は一つになって命など国のために喜んで捧げるべきである。
・ 日本人は正座の伝統が有って足腰が強いし、我慢強く母親は子供が戦死すると名誉だと喜ぶ(靖国の母になれた)。 欧米人は足腰が弱く、女も出産の時や家族が戦死したら泣き叫ぶからだめである。
・ 今に世界中が日本語を使うから英語など覚える必要はない。
・ もうじきアメリカ国民は政府に協力しないで戦うのを止めるからもうすこし頑張ろう。

私の親世代は仕方なく「長いものには巻かれろ」で従うふりをしていたようですが、終戦まではひた隠しにしていました。 私たちはしっかり洗脳されて本気で頑張って いたのです。 終戦の瞬間、切腹した人達と私は同じ気持ちでした。
母が喜んだのを腹立たしく感じたのですから。
それだけに、だんだん真相が解ってからの残念さは大きいとも思えます。

自分の考えと違うものは「黒」と決めつけるのは衆愚政治より恐ろしいです。
「非国民」というレッテルを貼られたらもう葬られてしまうのですから。
「敗北主義」はまだ理性とかかわりがありますが、「敗戦思想」という言葉は 「非国民」の代名詞でした。 日本が世界を制覇することを信じない「非国民」だったのですから。  

軍国少女の置かれた状況が想像して戴けるでしょうか



#362

2002/6/11

とわのまみ

東京都
44歳
www.elohim.jp

素敵なページですね。感激です。
私もカキコしたくなりました。
地声は大きな声なのですが、肝心な時にはどこにも届かないのですね。

昨年の9.11以来、デモや集会にいっぱい出ました。
でも、マスコミはほとんど取り上げてくれなかった。
でも、当たり前だよね。

70年安保や60年安保の時には、国会をぐるぐる巻きにしたのに 首相の首がすげかわっただけで、しっかり安保は継続しているし、新ガイドラインなんて、憲法よりも下位の約束事によって、自衛隊はますます大きくなって、有事法まで出される始末。。

5万や10万の人たちが集まったって、マスコミは財閥系の政府と結びついた人たちがトップにいるから、どうしたって
下の者は自由に書くこともできない。。。

■「地球市民の手に、ジャーナリズムを取りもどそう」
http://www.egroups.co.jp/files/it-human/more/0206.html 
私のメーリングリストには、昨年8月あたりからの特にイスラエルとアメリカの不穏なムードと、最近までの平和を希求する動きを記録してあります。

http://www.freeml.com/ctrl/html/MLInfoForm/elohim@freeml.com 
国会議員、内閣府、外務省、農水省、厚労省等の国家公務員たち!!
あなたたちは、憲法を遵守し、擁護する義務があるのです。
それを守らないコイズミ他自民党与党の有事法推進者は、義務違反で罷免されるべきです。

米軍やイギリスの船に給油した100億円ものお金、700億円もの首相官邸建設費。。そのお金をもっと国民に役立つ方にまわすべきです。
政府は小さくていい!!
いつも戦争は「政府」によっておこされて来た。
「政府」って一体なんでしょうか。
21世紀はどんな「政府」が必要なのでしょうか。
今のような政府なら、いらないよね。


#361

2002/6/8

愛知県
75歳

(聞き書きです: 伊藤美好)

私が育った時代は、「平和」なんて言葉を口にしたら、「敗北思想だ」とたたかれ、「自由」という言葉も「危険思想」とされた時代でした。学校でも、韓国人の先生が突然消えて行方がわからなくなりましたし、知人のなかにも突然連れていかれた人がいました。

『蟹工船』を書いた小林多喜二が捕えられ、留置場の中で殺されました。もどってきた遺体の指が特高に折られてぶらぶらしていたそうです。作家の命である指を折って、苦しめながらなぶり殺しにしていったのです。
政府に反対することを口にしたら、そういうことを覚悟しないといけない時代でした。
なにも言えなかったし、なにも知らされなかった。戦時中になにがあったかとか、日本軍が中国でどんなことをしたかは、戦後になってからはじめて知りました。

青春なんてありませんでした。
女学校の5年生の2学期、3学期は、工場に動員されました。修学旅行も、卒業式もありませんでした。そのあと専門学校に行きましたが、授業があったのは一学期の前半だけで、そのあとはまた工場に動員されました。女学生たちが、旋盤を回したり、ねじを切ったり、検査をしたり、油まみれになって働いたのです。名古屋には軍需工場が多かったので、大阪や四国から、理系の大学生の方たちが動員され、寮に入って工員さんとして働いておられました。文系の大学生は、学徒動員で兵士となって戦地に送られました。私の兄のおともだちも、兵士として行かれて、ずいぶん亡くなられました。

飛行機を作る工場でしたが、一機完成すると、工場に軍艦マーチが流れて、みんなで拍手をしました。お腹のなかではこりゃだめだと思っていても、それは誰も絶対口に出しませんでした。
毎朝「撃ちてしやまん 撃ちてしやまん 米英を 撃ちてしやまん」とみんなで唱えてから、仕事にかかるのです。でも、戦争の終わり頃は、「撃ちてしやまん」と言っているうちに空襲警報が鳴って防空壕に避難し、ようやく工場に戻ってきたらもう終業時間で、また満員電車に揺られて帰るという日が続きました。その時は知りませんでしたが、実はもう作る材料もなくなっていたらしいです。私は見ていませんが、最後のころは、紙や木で飛行機を作っていたそうです。

そんな息苦しい時をずっと生きてきて、57年前、ぱっと世界が開け、息が自由にできるようになって、どんなにうれしかったことでしょう。

2度とあんな時代にもどっちゃいけないと思います。
でも、今、国会を見ていると不安になります。戦争がどんなに怖いものか、なにも知らない人たちが威勢のいいことを言っています。

声を出す場を作ってくださってうれしいです。どうぞ続けてください。


#360

2002/6/5

愛知県
63歳

防衛庁リストが、組織ぐるみで作成された事を、中谷長官等がみとめました。なんとも、まづしい発想ですね。上下関係の厳しい職場であろう防衛庁(多分軍隊の組織とかわらないと思う)でしょうから個人の発意で事がなされようとはおもいません。こうした組織感覚の官庁を持つ政府が、個人情報保護法案を審議しようとしているのですから、この法案を法律化してはならないとおもいます。

又、非核三原則を否定する福田官房長官の存在は、民主主義国家としてはまことに困ります。2・3日前の新聞に政府高官とのっていたので、おかしいとおもったのですが、個人名を出す事をマス・コミに禁じていたそうですね。自分を何だとおもっているのでしょう。又、それに従うマス・コミも公共性をなくしているとおもいます。

福田官房長官、安倍官房副長官、中谷防衛庁長官は辞任したらと思います。

そして、小泉首相も辞めたらいいとおもいます。


#359

2002/6/3

濱野玲奈

東京都
25歳
学生
mail:fwka4345@nifty.com

「誰かが私を憎んでも、だからといって憎みたくない」
「誰かが私を傷つけても、だからといって傷つけたくない」
「誰かが私を殺しても、その人を殺してほしいとは思わない」
そんなふうに思う自由を奪わないでほしい。
「やられたらやり返せ」「やられる前にたたきつぶせ」
そんな考え方が正しくて、それ以外の考え方が許されないような そんな世の中は絶対に嫌。
暴力は誰のことも守らない。
誰かを守るために暴力をふるったとしても、その暴力は結局のところ守りたかった人のことまで傷つけてしまうと思う。
私にも守りたい人たちがいる。今すぐに助けたい人たちもいる。
だから守りたい人を本当に守るために、暴力ではない方法を どうしても見つけ出したいと思う。


#358

2002/5/28

愛知県
80歳
無職

政府与党が有事関連法案を通すことを急いでいるのは不可解なことです。
民主党は細部にわたっての不備を追求して今回の法案通過を阻止しようとしていますが、基本的には有事法制の必要化を認めていると思われ不安を感じています。

現在一応先進国と認められている国の中で、自分の国が他国によって武力攻撃を受けない限り、自分の方から戦争を仕掛けようという国があるでしょうか。民族紛争解決のためとかテロ撲滅とかいう理由で自分の国の利にかなう方に加担して、対抗できる力もない民族を攻撃しているだけではありませんか。日本をどこかの国が武力攻撃してくると思うのは時代錯誤であると思いませんか。

日本の平和憲法を戦争ができないことの言い訳にしていると思われる日本政府の態度をいつも腹立たしく思ってきました。もしそのような態度の延長線上で戦争の後方支援などして戦争に巻きこまれたら、本土攻撃もないとは言えません。

しかし日本は今こそ平和憲法を積極的に掲げて世界平和のために立ち上がるときではないでしょうか。
瀋陽の問題でも志のない日本という姿が末端にまで現れていることを痛感しました。
今の若者を救うのもこの志ではありませんか。

有事は自然災害に対してのみ備えをしっかりすべきで、テロに対しては根本的にテロの起こり得ない状態をつくりだすことこそ世界の課題です。武力だけではテロを撲滅することはできないと思います。

いづれにしても今回の有事法案を急いで通すことは反対です。


#357

2002/5/28

愛知県
54・53歳
会社員・高校教師(夫婦)

何故 悲しい歴史をくり返すような有事関連法案を政府は成立させようとしているのか、私共は理解に苦しみます。
50年以上もの長きに渡って、世界に誇れる平和憲法を育み、守ってきた国民の結論が有事法案ではあまりにもお粗末な結論ではないでしょうか。
その前に、平和に向かって努力する姿勢を世界に示していくことのほうが必要ではないでしょうか。

平和憲法を守っていくことこそ、世界から武力とは別の方法で解決できることを示していく姿勢を期待されているはずです。
有事法案を通してしまったら それこそ世界をがっかりさせてしまうではありませんか。
その点で 今回の有事法案に対しては 私共は反対します。


#356

2002/5/26

たけ

埼玉県
46歳

この小さな声はどこに届けたらいいのかわからずここにしました。
アメリカではクリントン前大統領が、今年1月カルフォルニア大バークレー校で
Find 'Common Humanity'
「共通の人類意識」
In the long run, it's cheaper to help emerging governments than it is to wage war, he said. The American government is spending $1 billion a month fighting in Afghanistan, a number that is expected to climb as the action expands into other countries.
「長い目で見れば、戦争に金を費やすより、新政権を樹立しようとしている政府の支援に使う方が安上がりだとクリントン前大統領は述べた。米国政府は現在、アフガニスタンでの戦闘で1ヵ月あたり10億ドルを使っているが、今後もし周辺諸国に軍事行動を拡大すれば、この額はさらに増えるだろう。」
という演説をしたニュースをみました。

お金にたとえられない人の命を考えると、もっとたいへんなことです。
そこまでも考えがいっているのか、現在の武力攻撃事態法案には、自分のご先祖さんの命を奪った東京大空の再現がいつかまたくるのかと思うととてもいたたまれません。


#355

2002/5/24

軍国少女

愛知県
75歳
なし

5月13日の中日新聞夕刊(5)面に哲学者の梅原猛氏が小泉首相が東条英機に似てきたと心配されていたこと、5月21日の同じく中日夕刊(8)面で日本ペンクラブ副会長の三好徹氏が、「有事3法を問う」−幻想・自衛隊は国民を守ってくれない・「備えあれば・・・」ゴマカシ・戦争知らぬ官僚の作文ーと題する発言を読んで、首相はじめ議員諸公は何か悟って下さると期待したのだがどうも馬の耳に念仏のようで本当に心配である。

 どうも周囲を見渡すと心有る人は皆同じ心配をしているがかなり自分さえよければ人のことなどという人も多く、これが選挙に悪影響を及ぼしている気がして本当に心配である。


#354

2002/5/24

軍国少女

愛知県
75歳

『鬼畜米英、敵性語(独、伊以外の欧米の文化を否定する意味で英語を排除する言葉)、平和・自由?、敗戦思想・赤・非国民!、西洋かぶれ、アーメンソーメン、チョーセン、チャンコロ、米英撃滅、大和魂、日本精神、欲しがりません勝つまでは、最後の一兵まで戦え』
悪夢のような青春時代とともに上のような世界から抜け出して平和憲法に救いだされ、二度と軍国主義が復活する恐れがないことをどんなに感謝しているでしょう。

世界各国の文化の一つとしてはかなり優れた日本文化も、なかなかのものだと評価できるまでは独善的な排他的な野蛮な印象がつきまとって困りました。昭和初期に生まれ戦前、戦中、戦後を体験した者として、もしか第一次大戦後の世界のリーダーが日本の不満を理解して、日本のリーダーも外国と共存共栄することを大切にしていたら、カミカゼも、アジア侵略も、原爆も、中国残留孤児も無くて済んだように思われてなりません。

同時多発テロのニュースを聞いて『ああ、よほどこの人達は訴えたいことがあるのに、方法が無いのだな』と感じました。それにしてもひどすぎるとも思いますが、訴えられる理性的、合法的な場があれば起こらないで済んだ気がしてなりません。

そんならお前リーダーにしてやるから上手くやれ、といわれると困るのですが、とりあえず、無実の人を殺したからこちらも無実の人を殺してもいいから武力解決をはかる、というのは私でも愚案だと思います。

冷静になってください。第二次大戦後中華民国のリーダーだった蒋介石氏は仇に恩で返すと言って残留日本人を送り出して呉れたそうです。隣国へ勝手に入って威張り散らした日本人です。皆殺しに逢っても文句は言えませんでした。支那人だと言うだけで生体実験に使われたり、財産を取られたりしたのに。きっと生ぬるいと怒った声も有ったでしょう。特に家族が犠牲になった人はやりきれない思いだったでしょうが、今見ればその美挙は輝いています。

オサマ・ビンラディン氏を殺せばテロは無くなるなど、そんな単純なものではないと思いませんか?
そんな理由で世界に輝く日本の平和憲法が壊されて暗黒の時代へ逆行したら広島・長崎の犠牲者もホタルになった学徒兵も無駄死になるように思います。

杉原千畝氏は何故敬愛されるのでしょう?
難民を、亡命者をひとごとと厄介者あつかいして自分の出世ばかり考える外交官が一人でもいたら外交はスムーズにいかないし人類は不幸になるばかりです。

議員バッジを貰い、赤いじゅうたんを歩ける以上、世界の平和、人類の進歩に重い責任があることを真剣に考えて行動して頂きたく、選挙人は今、目を皿のようにして見詰めていることを毎日思って行動して頂きたくよろしくお願い申し上げます。


#353

2002/5/21

加藤 春代

埼玉県
47歳
パート

埼玉県の東のはずれにある庄和町というところに住んでいる主婦です。
庄和町は昭和61年に平和都市宣言をして、町と有志で実行委員会を作り、平和フェスティバルIN庄和を続けてきました。今年の7月で13回目を迎え、たくさんの戦争体験者や遺族の方々といっしょにフェスティバルを運営してきました。
「戦争はもうイヤだ」と心の底から叫びたい人達の声、そして声なき声を少しでも子供達に伝えたい思いでやってきました。

アフガニスタンは日本から遠い国ではあっても、アメリカが始めた報復戦争に日本が荷担しているという事実を私達は真剣に考えなければいけないと思います。
みんなが無関心でいれば歴史は繰り返すという誤りをいつか犯してしまうかもしれません。
憎しみからは何も得られない!

庄和町の平和都市宣言の一節です。

夢と希望に満ちたこの幸せは
汗と涙で私達が築いたもの
悲しむことはもういやだ
かけがえのない地球を愛するから
かけがえのない人々を愛するから
ともに手をつなぎ語りあおう

皆さんの街でも平和フェスティバルをやってみませんか


#352

2002/5/20

石井ナオ子

佐賀県
37歳
会社員

 生きるだけのパンがあったらいい おいしいと分かち合える人が一人いたらいい シャツは洗い代えが一つあったらいい 靴はサイズが合ったら一つでいい 土地は寝室とお風呂とトイレと台所の分だけでいい 娯楽は些細なことで笑えたらいい・・・

 戦争も人災も天災も みんな人の念が作り出す 欲の念 憎しみの念 嫉妬の念 

 みーんなみんな損してる 地球って宇宙って誰にも創れない大きな財産 少しずつ確実に壊している 目先の利益や勝ち負けが とってもくだらないって思わないのは何故?

沢山のパンがあるのに 沢山の装飾品に囲まれているのに 沢山の土地もあるのに 見えないのかな?それとも もっともっと欲しいのかな? 人を殺してまであと何が欲しいのかな?

 地球が壊れるよ 知らないのかなあ 悲しいなあ・・・ 


#351

2002/5/18

sherry

和歌山県
42歳
教師
mail:egawa01@k5.dion.ne.jp

 伊藤さんの記事を先日拝見いたしました。
 すでにいろいろな労働者が自衛隊に協力させられていると聞きました。
 子どもたちの未来がどのようなものになってゆくのか、心配です。
 子どもたちに「戦場へ行け」と教えた戦前の教師たちの痛恨の思いを受け止め、日々自分のできることで平和な世の中を作ってゆきたいと思います。


#350

2002/5/18

むろたもとみ

東京都
42歳
フリーライター

「愛することの反対語は憎しみではありません。それは無関心なのです」。
マザー・テレサの言葉です。私にとって自分以外のことが洪水のように心に流れ込んできたのは、昨年の9月11日、米国で起こったテロ事件とその報復攻撃でしたが、それはひとえに、それまで自分の無関心が真実を見よう、聞こうとしなかっただけのこと。あらゆることは、遙か以前から既に始まっていたのですね。自分が遠い国で起こっている貧困や紛争に傍観者であったことが情けなく、また今回はもっとも忌むべき加害者になってしまったことがとても辛かったです。

平和憲法を置き去りに、いま、私たちの国は戦争の準備を始めようとしています。
日本が攻撃される「有事」より、むしろ今後、可能性があるのは米軍支援、国際協力などの名のもとに貧しい国の無辜の人々を犠牲にし続けるであろうこと、アジア諸国の人々に過去の悪夢を思い起こさせてしまうことでしょう。そういった大罪から目を逸らせてはいけないと思っています。

これ以上、傷つけることはやめましょう。小さな声でもいい、呼びかけていきたい。もう十分、人類も地球環境も傷だらけなのですから。


#349

2002/5/17

こまはは

岐阜県
51歳
主婦
http://www.est.hi-ho.ne.jp/h-saiki/
mail:h-saiki@est.hi-ho.ne.jp

"ジェニンで何があったのか?" 昨夜、某番組の中で報道されました
瓦礫の山と化したパレスチナ自治区ジェニン、多くの遺体が埋もれたままだと言う
家族を失い呆然と立ち尽くす母親、傷つき倒れ苦しさに悶える表情をカメラは追う
上空を飛ぶ飛行機の音を聞くだけで怯える子供、イスラエルへの怒りを露わにする若い女性
「私は何万ものイスラエル人を殺す」その口から出るのはただただ憎しみの言葉
彼らが信仰するキリスト教では「汝の敵を愛せ!」と説いているでは?
憎しみが生むものは憎しみしかないのに。。。
延々と続けられてきたこの紛争に平和的な解決はないものか
見ていて胸が苦しくなりました

今国会で議論されてる有事法案の成立にやっきになってる小泉内閣
そんなに急いで決めなくてはいけないこと?
憲法9条にうたってある「戦争放棄」はどうなるの?
広島、長崎に投下された原子爆弾によって亡くなられた方や
傷つけられ今尚苦しんでらっしゃる方の多くの犠牲の上にある「戦争放棄」の明かりを
絶対に絶対に消さないで下さい!

この声は政治家の方にも届くとのこと、声を大にして言わせてください
今の日本という国は、世界中からバカにされきっていませんか?
命がけで駆け込んだ亡命者を守ることさえ出来ない日本
自分の保身のことばかり考えずに、本気で日本のために働いてください
アメリカの顔色ばかり見ないで、国民の方を向いていてください
そのうちに「アメリカ合衆国日本州」になるんではないかと心配しています


#348

2002/5/16

秋山桜

大阪府
43歳
保育士

伊藤さんの記事をとある新聞で読みました。
大勢の命が一瞬にしてなくなったテロ事件がいまだ信じられない気持ちです。それが報復戦争へとつながり、日本の国会では有事法制が可決されようとしています。

でもまだまだ知らない人のほうが多いようで「気がつけば戦争への道」ということになりかねません。こんな大切なこと知らない間に決まっていいのだろうか・・と怖くなります。「日本が攻撃されたとき」に限らず「攻撃されそうな恐れがあるとき」国を挙げて戦時体制を組もうとしているのが有事法制です。

テロ報復戦争にアメリカの応援部隊としてかり出されている今、戦争にまきこまれる可能性は十分あります。子どもたちを戦争に駆り立てるのはやめてほしい!加害者にも被害者にもなりたくない。人類の英知を集めて、世界中が平和になるように今こそ考えるときだと思います。

私もできるところから行動しようと思っています。
このメッセージを送ることをスタートにして・・・。


#347

2002/5/16

虹の架け橋

東京都
45歳
主婦
http://www07.u-page.so-net.ne.jp/yg7/ponte26/

昨年の秋のアメリカで起こったテロをきっかけにして、 私はこの半年、いろいろな気持ちをいだいてきました。

人殺しはよくないのに、何で戦争はいいだろう・・・。
こんな子供みたいな疑問を、もう一度自分に問い直してみたりしました。

私には、結局その答えはでなくて、ただ「家族や、友人や、親戚や、大切な人を、戦争とという自分の力の及ばない理不尽なもので失いたくはない」という、ごくごく個人的な感慨しか浮かんできませんでした。
でも、それは自分が生きていく上でとても大事な感情だと、私は思います。

皆が、大事なものを失いたくないという気持ちを大事にしたら、きっと少しは変るんじゃないか・・
いろいろな方がいろいろな方法で、いろいろな訴えかけをしているけれど、私は、今、国会で決められていこうとしていることや、アメリカが行っていくこと、そのほか、世界で起こってしまいそうな悲しいことを、止める術を持っていません。

ただ私は、私の考えを持ちつづけることしかできない気がしています。
そしてその気持ちを言葉や文字にすることが、何かを変えていく力になればいいと、ささやかに思っています。


#346

2002/5/16

hiromin

鹿児島県
32歳
保育士
www4.synapse.ne.jp/hiromin/
mail:hiromin@po2.synapse.ne.jp

私が感じることは、争わないで思いを伝える他の方法もあったのだろうなあ…。ということです。
それとも伝える必要はなかったのでしょうか。
自分の思いをわかってもらいたくなかったのでしょうか。

自分の思いを押しつけあうことは…
相手に理解されないことは…
淋しく悲しくはなかったのでしょうか。

正義というものの正体を結局のところ、私は知りません。
私が「正義」になる時は、誰かを「悪」に仕立てなくてはなりません。
それなら、私が「悪」でもいいです。

でも、私は自分がしたことで誰かが何かが傷つくことを、私は一番恐れます。
それに気がついた時、自分自身がいたたまれずどうしようもなくなります。

でも私は悪人ですから、ナカナカ自分の思いを曲げることができません。
ワガママです。

だからなるべく周りの気持ちに、気がつこうと思います。
自分の思いを通す時、誰かが譲ってくれていることに。
誰かに守ってもらっていることに。
そして誰かが、我慢してくれていることにも。
だから、そんな自分の存在を周りに認めてもらっていることに感謝しています。

多分、大事なことはそういうことなんですよね。
国家とかなんとか、難しいことはわからないけれど、そんな日常の大事なことは、わかっているつもりです。


#345

2002/5/16

すみちゃん

群馬県
36歳

去年の夏、小泉さんが靖国神社を参拝したとき、「あなたは、いつの日かA級戦犯として、靖国神社に合祀されるだろう。」とメールしました。言い過ぎたかなぁと、後で反省したけど、ホントの事になりそうで恐いです。
「あなたは、勇気ある総理大臣です。」と、メールできる日が、一日も早く来ますように!


#344

2002/5/16

愛知県
63歳

1945年、終戦になった時、日本の人々は本当に疲れていました。当時の新聞の投書欄を読めばよくわかります。

日本中こぞって平和を望みました。その国民の声の中で出来たのが今の日本国憲法です。新しい憲法を作ろうと官も民も種々のグループが案を練ったようですが、明治憲法の枠からとらわれない全く新しい発想の、G.H.Qを唸らせる程の案はなかたようです。勿論G.H.Qの思惑もあったと思いますが・・・・。

通常平和は国家が守るという論理の発想のようですが、日本国憲法は国家の枠を超える人権としての平和を唱えている事を私は知りました。

小泉首相が日本の国を守るために改憲を叫ぶのは、憲法をよく理解していないのです。原文が英語だから、G.H.Qの管理下でつくられた憲法だから改憲すべきだと言うのは歴史の認識が無さすぎます。

憲法原文、英語「the people」を訳すのに困ったそうです。
なぜならそれ迄の日本には「the people」の観念がなかったので。
結局国民「nation」に落ち着いたようです。

でも、この憲法の下で50有余年、今や日本に「the people」の観念が育っていると思います。
「ちいさな声」「ちいさな声2」が出来たことがなによりの証拠です。

第二次大戦で声明を落とした人を大切に思うのも否定しませんが、この戦争を生き抜いて終戦を迎えた人々の想いも、もっと大切にしたいと願っています。


#343

2002/5/16

香田 玲子

東京都
54歳
自由業
mail:my_way@mocha.freemail.ne.jp

昨日の赤旗新聞で知りました。
メールをすることは、慣れていませんが、ぜひお伝えしたいと思いました。
私も、それなりに今回の同時テロ以来の出来事に心を痛め、出来る事をしてきたつもりですが、有事法制が国会審議にかかり、あせるまいにちです。

 憲法9条がないがしろにされようとしている今、本当に多くの人に伝えなければならないと思います。
我が家も、子どもたちが、不登校をして、私も人生観が180度変わった一人です。
とにかく、平和は、戦争をしないこと。それにつきるとおもいます。
どうぞ、これからもよろしくおねがいします。


#342

2002/5/15

谷口由美子

北海道
47歳
mail:flex@mvf.biglobe.ne.jp

何か少しも良い方向に向かっていないような気がしてなりません。
アメリカへのテロは私にとっては晴天のへきれきだったのだけど、あれは点の一つにすぎなかったんだなと今は思う。

争いや、圧力や、差別や、暴力や、内戦がいつも自分の世界のことではないという距離感がある。
見てみないフリをしているように毎日を過ごしているのか?と自分に感じる。
情報は操作されていると感じる。何もかも雲の上で誰かが決めている。それをいいことに、だから仕方ないよね!と思う自分もいる。

毎日の生活の中でどこかの誰かが朝食抜きは親の怠慢とか、夜更かしは体内時計が狂うとか栄養のかたよった食生活ではどうのこうのと言っている。そんなこと、どうだっていいんじゃないのか。そんなことばっかり問題にして大きく報道している呑気な国にいることが不安になってくる。

テレビでは鼻持ちならない政治評論家が国を愛するためには学校で国旗国歌を教えなければいけないと言い募る。
国のために命をかけられるのが男だ!と言う知事がテレビで語る。
戦争している国のどちらかは悪いのだから殺されても仕方ないようなことを言う。

食べること、寝ること、家族で暮らすこと、学べること、そういうことすら奪われている子どもたちがアフガニスタンにも北朝鮮にも、パレスチナにもアフリカにも南米にもたくさんいることを知らないまま過ごしてきたことに罪悪感すら感じている。けれど、何かしたいのか?出来るのか?と自問すれば、結局のところ自分の生活を守ることで毎日が過ぎていくだけ。声に出せることがないままずっと来てしまったなぁ。でも、黙っているのはダメだよなぁ・・と思うこのごろなのです。
戦争を正義という言葉に置き換えるなんて、いくらなんでもどうかと思う。戦争は戦争でしかなく、戦争は反対だと言い
たい。自分に無関係な人を殺せ!と言う世界は正気の沙汰であるはずがない。


#341

2002/5/15

一ノ瀬 和世

福岡県
60歳
地方公務員
mail:kazuyoichi@yahoo.co.jp

日本国憲法はたった一条で戦争の放棄、戦力を持たないと明確に書いています。
これ以上明確に仕様がないではありませんか。
自衛隊は戦力ではないのですか。有事は戦争でしょう。言葉でごまかしているのは誰ですか。情けないです。


#340

2002/2/15

四児の母

神奈川県
41歳

武器を使って平和を手に入れられるのでしょうか?
どんなに時間がかかっても心の和解こそが平和への近道。

アメリカと違う道を歩きたい。
“憲法9条”をもった国の教育を受けた私のねがいです。


#339

2002/2/14

ChanceMaker原

東京都
38歳

2001年、9月11日以降、私たちの世界が変わったと思われる方は多い事でしょう。
この日の出来事を境に人生が変ってしまった方も少なくないと思います。そして、アフガニスタンの人々もまた...。

これを読む日本人の方の多くは、アフガニスタンの方々の身に起こった出来事は、まだ遠い国のできごとと思うかもしれません。
でも、内戦と民族迫害から逃れ、救いの手を求めて日本にやってきたアフガニスタン人たちにとって、この国も安息の地でないとしたら、それは私たち日本人の問題ではないでしょうか。

日本に逃れて来たアフガニスタン難民の方々が、長期に渡って収容施設に入れられ、行動の自由を奪われている事を知った私は、これをよそ事として捉えることができませんでした。
そして、あるきっかけで知り合った難民の方のお一人に手紙を送りました。
元は英語で書きましたが、日本語訳を付けておきます。
(差しさわりがあるので日付と地名、名前は原文から変えました。)

これを読む方に、日本のアフガニスタン難民の方々のご様子と彼らに対する私の思いが届く事を願って。

原 文次郎

(原文、一部省略あり=英語=)

Dear Friends,

My name is Bunjiro Hara.
I was at the meeting in ***** on December *,
and heard about you and your friends.

A-san helps me sending my message to you.

If you are not free, we are not free.
If you feel sad, we feel sad.
If you are not happy, we are not happy.

So, I strongly hope you will become free
as refugees in Japan very soon.

Please take care of yourself, and I hope
I can see you soon.

Thanks and regards,

B. HARA


(日本語訳、書き下ろし)


親愛なる友へ

私は原 文次郎という者です。
私は12月某日某所で開かれた会に出席してあなたに出会い、
あなたや(同じ境遇の)友達の事を知りました。
Aさんが私のメッセージをあなたに伝える助けになってくれました。

あなたが自由の身でないことは、私たちもまた自由ではないという事です。
あなたが悲しいのであれば、私たちもまた悲しいのです。
あなたが幸せではないとしたら、私たちもまた幸せではありません。

そこで、私はあなたが日本で難民として(認められて)、自由の身に
なる事を強く望むものです。

どうかお身体を大事にしてください。私はあなたにすぐにでも
会えることを望んでいます。

どうもありがとう

原 文次郎


#338

2002/2/11

アフガニスタン人Aさん

茨城県
27歳
茨城県牛久市、収容施設から

牛久に収容されている難民の方のひとりから、先月21日に東京で開催されたアフガン復興支援会議の直前にわたしたちに託された手紙があるので、その声をお届けします。
原文は英語ですが、多少意味が通じ難いところを手直しして訳した日本語版を送ります。書かれた日付は1月16日頃です。
(強制送還された場合、身元がわかると生命の危険があるので、 書かれたご本人のお名前は公表できません。ご理解願います。)ChanceMaker原

------------------------------------------------------

アメリカ、ヨーロッパ、およびアフガン復興会議の全ての参加国の代表者、報道関係者そして全ての人々へ

私たちは、戦禍を逃れるためにアフガニスタンから逃げてきました。
日本に難民としての庇護を求めました。
アフガニスタンでは、家族や親戚を失いました。
日本に望みを託してやってきました。

けれども、悲しいことに日本国政府は私たちを助けてくれません。
私たちは日本国政府の手によって、既に5ヶ月も収容されています。

収容所に閉じこめられることによって、私たちは精神疾患や心臓病をはじめ、さまざまな肉体的、精神的な問題を患うことになりました。
日本国政府は、毎日少しずつ私たちを殺していっているのです。
すでに、体重が7キロも減ってしまいました。
近い将来、私たちの体調、精神状態はかなり危険な状況に瀕することでしょう。  

誰も私たちを助けてくれません。 
なぜ、日本政府は、アフガニスタンの復興を助けると世界中に宣伝し、見せびらかしているのに、私たちアフガニスタンの人間を全く助けようとしないのでしょうか?
私たちだって、アフガニスタンからやって来たのです。
アフガニスタンこそが、私たちの故郷なのです。 

日本政府は、アフガニスタンを助けると口では言っていますが、まったく私たちを助けてくれません。
それどころか、私たちを毎日、真綿で首を絞めるように殺していっているのです。
これが、日本政府の言うところの「援助」なのでしょうか?
私たちは、正義を求めます。見せかけの演出はいりません。 

茨城県牛久の収容所に来て、私たちの現実を見てください。
助けてください。私たちの状態は最悪です。
もし、日本国以外の国々がこのような仕打ちを難民に対して行なったとしたら、人権侵害だと非難されるでしょう。
正義はどこへ行ったのでしょうか?

私たちの窮状は、この紙面では語り尽くせません。
この手紙が、報道関係者やアフガン復興会議参加国の代表の方々など、多くの方々の目に触れることを祈ります。
どうか、なるべく多くの人に、私たちの状況を伝えてください。これが、日本で日々行われている現実なのです。

よろしくお願いします。外の自由な世界でお会いできる日を待ち望んでいます。

はやく助けてください!

P.S.: 報道関係者の方々へ。この問題をぜひ取り上げてください。私たちの現状を見に来てください!


#337

2002/2/14

HANAKO

愛知県
51歳
パート

30年くらい前に覚えた、笠木透さんの「私の子供たちへ」という歌を最近よく思い出します。
  
生きている君たちが 生きて走りまわる土を 
  あなたに残しておいてやれるだろうか 父さんは・・・

未来を生きる子供たちのために、緑豊かな地球を残さなければいけない。
それは、今を生きている私たち大人の責任です。
戦争を残してはいけないのです。


#336

2002/2/15

西城戸 司

埼玉県
60歳
公務員(教員)
http://www.sainokuni.ne.jp/roseanne/
>mail:

「アンネのバラ友の会」を2年前に立ち上げました。
アンネのバラの苗木を「平和の使徒」として、県内外の学校・平和施設・公園などに寄贈したり、写真展・コンサート等を通じて、アンネの願った平和と人類愛の精神をお互いに学び合い、普及しています。
バラの紙芝居作成も進行中で、完成後は幼稚園や小学校での「出前授業」や総合学習への協力、友の会HPの掲示板等を通じての小中高校生たちとの交流などをしながら、環境・教育・人権・平和の地域ネットワークと、子どもや大人の「居場所」作りをしたいと考えています。
この活動の中で、「北の国(先進工業国)」の一員として、大量生産・ 大量消費のライフスタイルの見直し、「立ち止まって考える」ことの重要性を痛感しています。

詳細は「アンネのバラ友の会」のHPをご覧下さい。
  http://www.sainokuni.ne.jp/roseanne/


#335

2002/2/15

西城戸 司

埼玉県
60歳
公務員(教員)
http://www.sainokuni.ne.jp/roseanne/
>mail:

<中村哲医師とペシャワール会にノーベル平和賞を!>

 アフガンの無医村で10数年に渡り医療活動を続けながら、大旱魃への緊急対応の井戸掘りプロジェクトも立ち上げて活動中の中村医師の講演を昨年、東京外国語大学で聞く機会があった。若者たちのや一般市民を含めて会場は立ち見がでるほどの満席で、参加者との質疑応答の時間もたっぷりとられた充実した講演会だった。中村医師の最新著作『医者井戸を掘る』(石風社2001年発行)を会場で購入し、帰路の電車の中で読みながら考えた。

 2002年のノーベル平和賞候補として、中村哲医師とペシャワール会を本気で推薦したいと、考えた。鎌倉の教会での中村講演会の司会をした作家の井上ひさし氏が満席の聴衆の反応について「日本もまだ捨てたものではない。希望がある。」と、TBSのニュース23で発言していた。また、筑紫哲哉氏との対談で瀬戸内寂聴さんが、坂本龍一さんたちの出版物『非戦』を引用して「若い世代に希望がある」と語っていた。

 確かにキーワードは「希望」である。「カオス(混沌)から希望へ!」向けての中村医師たちの活動は読売新聞(2001年10月28日)の井上ひさしの読書眼鏡「世界の真実、この一冊に」や毎日新聞(2001年12月30日)の社説「学ぶべきNGOのモデル」でも紹介され、NHK教育テレビやフジテレビ(2001年12月31日)などでも放映され、反響は大きく話題になった。

 個人録画のビデオも人気があり、友人、知人たちに回覧したり、ミニ観賞会が各地で開催されている。ある入院患者が病院の食堂で観賞会を企画し大好評だったとメールをいただいた。マスメディアの報道には不足する「現場の事実・真実のニュース」を知りたいという人々の気持ちが中村医師たちの活動と響きあって、私たちの魂を揺さぶり、まさに「魂のリレー」のように「生命のバトン」が受け継がれている。

 しかし、いまちょっと迷っている。確かにノーベル平和賞の対象になるとマザーテレサのような「ノーベル賞効果」も期待できるが、中村医師は「賞をもらう」などとは最も対極的な信念を持った人のようである。賞が政治的に利用される懸念もある。何よりも一番「援助」の必要な人たち の自立のサポートにつながるかどうか、気持ちが揺らいでいる。

「ノーベル平和賞」の評価(功罪)も含めて、「中村哲医師とペシャワール会にノー ベル平和賞を!」のアイディアについて、皆さんはどうお考えになりますか。


#334

2002/2/15

milky

石川県
37歳
専業主婦

9月11日から1週間、私は金縛りにあったように、なにもできないでいました。
わたしの目を覚ましてくれたのは、小学校3年の息子の一言でした。
「戦争は絶対だめや!」そう、彼は当然のように言いました。
この子たちを守るには、平和を願っているだけでは、祈っているだけでは、
足りないのではないか、と感じました。
でも、ひとりではなにもできませんでした。
背中を押してくれたのは、インターネットで出会ったたくさんの人たちでした。

「CHANCE!」 http://give-peace-a-chance.jp
9月20日に加入したMLに、毎日送られてくる100通近いメール。
坂本龍一さんの「報復しないのが真の勇気」。こんなにもたくさんの人が武力行使に反対している事に、本当に励まされました。

そして、「こんなことやってみよう」という提案が毎日ありました。
署名をしよう。国連にはがきをおくろう。こどもやお母さんの声を集めよう。
あんなに不安でいっぱいだったのに、動きはじめると希望が見えてきたのです。

そして、そんな情報を待っていた人のなんと多くいたことか。
「つないでくれてありがとう!」と肩をたたいてくれた人。4人で呼びかけたピースウォークには120人の人が集まり、一緒に歌いながら歩きました。
街頭でアンケートをすると、300人もの方が協力してくださいました。
そんな喜びをMLに報告すると、ともに喜び、共感し、応援してくれる仲間がいつもそばにいました。それがまた次への励みになりました。

みんなの願いもむなしく、空爆が始まってしまった時、クラスター爆弾や気化爆弾が使われたとき、ともに泣き、お互いに思いをぶつけられ、受け止めてくれる場所があったのです。
ひとりでは抑えきれない痛みにも似た苦しみが、同じ痛みに耐える人たちがいることを知って、静まっていった日々でした。

本当の事を知るということの大切さ。
もっと”知りたい”という想い。
「知る」事が呼び覚ます、エネルギー。

そんな中から生まれた本、「世界がもし100人の村だったら」。
自分と違う人がいるのはおかしい事ではなく、
むしろみんな違って当然である事を学びました。

ペシャワール会の中村哲医師のビデオを見る会も開きました。
本当の意味で相手の立場に立つという事を教えられました。
自分の物差しで他人を測ることの傲慢さを感じました。

平和への思いを込めたオーナメント(飾り)を日本中から、世界中から集める、という「ぴーす☆つりープロジェクト」を企画しました。
クリスマスツリーにイエローリボンをつけましょう、という呼びかけもしました。
バレンタインカードを国連平和委員会に送りました。

「だからどうなった」、ということはないかもしれない。
でも、京都のぴーす☆つりーには世界から・全国から・ご近所からのメッセージやオーナメントが2本のツリーに飾りきれないほど寄せられました。
バレンタインカードは17カ国から371通が届けられました。

こんなささやかな人を思う心、いのちをいとおしむ心を、たくさんの人が持っているということが、きっと”次の戦争”を起こしにくくする力になってはいかないでしょうか。

わたしは、これからもぼちぼち、ちいさな平和の種を蒔き続けましょう。
未来のために。
いくつかにひとつしか、芽を出さないかもしれないけれど、時には思いがけないところに芽が出たりもするから(^^)。

ひとりでも多くの人と、手をつなぎましょう。
未来のために。
こどもたちも、わたしも、手をつなぐのが 大好きです。


#333

2002/2/15

阿部  みか

東京都
36歳
mail:0120805601@jcom.home.ne.jp


私は今回の戦争で学んだことがある。人間のもつ「傲慢さ」がいかに
人を傷つけ、自然界を破壊し、あらゆる生き物の居場所を奪ってきたかを・・。
 
そして、その「傲慢さ」を私自身の中にもしっかりと見た時、私が傷つけて
しまったであろう人達の気持ちを思い、涙があふれて、どうしようもなくなる。
ひとりの人間として、どうありたいか・・私は今あらためて考えている。
答えはまだ出そうにない。ただ、今思うことは
「自分に素直でありたい」「自分の感性を信じて生きていきたい」ということだけだ。

自己中心な発想から、物事の本質は何も見えてこない。
だから「想像力」を最大限に働かせて、生きて行こう。
それが、私にとっての「平和への最初の一歩」になるのではないか・・と思うから。
 

#332

2002/2/15

しのはら 敬

兵庫県
38歳

以下は、2001年の12月に、私が18歳の友人Sに宛てて送った手紙の抜粋です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

Sぽんへ

寒くなったけど、元気? 受検勉強も佳境に入ってるやろね。
まずは1月のセンター試験突破かな?

私は、9月11日以降しばらく何もする気がおきず、ひたすらTVや新聞を見まくってました。なんかすっごい絶望感に、とらわれてしまってた。
どこかの大統領が「正義」を言うたびに、戦争に正義もへちまもないやろ!とムカついてしかたなく、でも周りの反応はイマイチ鈍くて、インターネットで「平和」をキーワードに検索したら、同じような想いの人たちがすでに色んな行動を起こしていて、ちょっとホッとしました。私も少しだけ参加したりした。
そういう行動ってあまり取り上げられてなかったしね。最近はともかく、最初の頃はどんなメディアも「報復はやむなし」って感じで、ホントにたまらなかった。日本も、アメリカのイケイケどんどん的ムードも・・。

Sぽんも初めての「戦争」を目にして、きっと色々と思いがあふれ、また詩などを書いたりしたのかな。もしそうやったら、またいつか見せてね。
私は今回は、言葉は創作的な方向にちっとも向かわず、この戦争(?)を理解するための具体的な言葉ばっかり出てきました。

今までに読んだ本などをひっくり返し、「戦争というのは、正義みたいなものがあっても、ひとたび始めると、どんな戦争でも腐ってゆく」(『出発点』宮崎駿・著/徳間書店・刊 より引用)という言葉に、よかった、自分の感覚は間違っていないと勇気づけられたりもしました。

欧米的には、戦争というのは外交のれっきとした一手段であると、どこかの本にありました。ルールにのっとったヒトゴロシはOKと、単純に言えばそういうことやね。
私は、戦争というものはなくすべきだと当然のように思ってきたから、よって立つ考え方の基盤がそもそも違いすぎるという、我彼の差に愕然とする。いったい、世界はいつになったら愚行をやめるんやろ? 
戦争の背後には、某国の巨大軍需産業があるとも言われてるけど。経済力や軍事力といった、この世界を支配しているパワーゲームという原理から、自然や人の心により近い目線に、シフトしていかなアカンのとちがうかなあ。
それと、世界を「一つの大きなかたまり」にするんじゃなく、違う幾つものかたまりが調和しながら共存する世界へ・・。

Sぽん、がんばってや! 未来は君らの肩にかかってるんやで。私らの世代もできるだけがんばるけどな。

んじゃ、ラストスパート、がんばって!        ’01・12・6 KEI
――――――――――――――――――――――――――――――――――

4日後に帰ってきた返信の中で、彼女(S)は、この報復戦争はしかたないと思うよ、と書いていました。
「報復」の後が問題で、できるだけ公正な話し合いの場(例えば国際法廷)を設け、どうしてテロが起きたのかという理由が、世界の人々にはっきり示されたらいいのに、とも。
以下、手紙より抜粋します。

この戦争に正義はあると思う。ただしアメリカにとっての正義が。
 (中略)
なんで日本が、日中戦争で手いっぱいやのに、アメリカに戦争しかけなあかんかったか。軍部の暴走だけならあんなことにはならなかった。戦争しかけたんは軍部じゃない、日本国民やったんや(もち、軍部も含むけど)。
・・って、別に戦争賛成じゃないで!! 「違う幾つかのものが調和しながら共存する世界」っていうのは賛成や。世界を「一つの大きなかたまり」にしようとして、人間は今まで何度も戦争をくり返してきたんやから。今のこの戦争も含めて。
でも今はまだ「共存の世界」じゃない。問題はこれから・・と、それがSの今の時点での結論。

(全ての戦争が完全に悪いわけじゃないと思う。・・この戦争が終った後、また今までみたいにアフガンその他のイスラム諸国の問題を忘れたら、また同じことになる。イスラム諸国の問題を解決、あるいは検討するようになったら、そのキッカケになったわけやから、まだマシな戦争や)

・・さあて、勉強しまっせー!! もうセンターまで40日やからねえ。終ったら報告するね。
  
    
         なにが本当か 何が嘘か なんて事は
           たぶん 少しも重要じゃない
        
     ――真実なんてのは 人それぞれでちがうのだから
    
           何が正義で 何が悪か
           それも 誰にも決められない
     
     ――正義なんてのは 人それぞれでちがうのだから

           なのに ある日 目覚めると
         世界は 正義と悪とに分けられていた

           たったひとつの現実の上に
         積み上げられた ひとつだけの真実

             これが正義です!
             これが本当です!
             これが善です!
         そして我々はあの悪と
           戦いそして勝たねばならない・・・・            

         これが正しい! ――そう叫び 実行した
         60年前の指導者たちを 人は忘れた

     ――果たして彼らの理想郷は理想郷になりえたか?――
      
           人間は何度もくり返す
           歴史は何度もくり返される

            今は それを
          戒めと鎮魂の音にかえて――   
     
                       ’01・12・10  Sより
――――――――――――――――――――――――――――――――――

現在受験をまさに目前に控えた彼女(S)に、今はどう考えているのか、詳しく聞くことはできませんでした。おそらく、多少は変化しているかもしれません。
が、12月初頭の時点で、彼女は彼女なりに考えたものを、真摯に私にぶつけてきました。そのときは、見解の相違に軽いショックを受けましたが、今は、彼女の考えが現在も変わっていなくても、私はかまわないと思っています。

なぜなら私は彼女が好きだし、どうしたら彼女に届く言葉を自分がつむぎ出せるのか、それを考え続けることが、具体的なアクションの必要性とはまた別に、平和への本当にささやかな第一歩だと思っているからです。
(彼女と私のイニシャルなどは、仮名のものにしました)


#331

2002/2/15

水谷 祐一

奈良県
37歳
地方公務員
mail:ykpeace97@hotmail.com

 大和郡山市平和委員会の水谷祐一です。9.11以来、私たち平和運動に携わっているものにとって何が一番大切かということを、運動を通じて考えてきました。その結論は、「学びつつたたかう」という視点を大事にすることではないかと思います。特に政府が持ち出している有事法制の問題、日米両政府が自衛隊に関わってきた歴史、そして日米安全保障条約のことをもっと学習することが大切だと思います。

 「商船は大砲を呼ぶ」という言葉がありますが、アメリカや日本の大資本を守るために様々な軍事作戦がとられているのです。また、アメリカの政府や大資本に日本社会が従属させられてきた歴史を私たちは知るべきだと思います。事実、日米安保条約には経済的協力に関わる文言があります。そういうことまで掘り下げて学習する必要があります。

 これから政府は有事法制や沖縄県名護市返野古のサンゴ礁に米軍の出撃基地をつくるためにあらゆる画策をすることでしょう。そういう連中に負けてはいけません。日本の津々浦々から有事立法や日米安保条約の恐ろしさを学習し、たたかう運動をつくりましょう!


#330

2002/2/15

大図喜久子

群馬県
30歳
主婦

ニュース23からの放送より
米同時多発テロの被害者の家族の方達がアメリカからカブールへ米軍の誤爆により被害を受けた家族の方へ会いに行くという放送を見ました。
同じように突然家族を失ってしまった人達。
又、米同時多発テロの被害者の家族の方達は、地雷や誤爆で病院にいる人達にも会いにいってました。
米軍の誤爆で家族を失った人達に補償をして欲しいと米同時多発テロの被害者の家族の方達は訴えましたが、アメリカ政府はこれを受け入れませんでした。
今回の誤爆で三千人近くの方が亡くなっています。この事をニュースで詳しく私は聞いた事なく、「ペシャワール会」の中村哲先生の講演の話しにより知りました。
アメリカには誤爆で亡くなった方の補償をぜひして欲しいと放送を見ながら私は思いました。


#329

2002/2/15

山森良子

愛知県
63歳

「憲法九条をまもるかすがい女性の会」が生まれました。
2001年10月11日に、伊藤美好さんからのよびかけで、「悲惨な戦争への道は二度と踏んではならない」というメッセージを「ちいさな声」に寄せました。
当時、アフガニスタンへの報復の空爆が激しさを増し、カブールの街が爆撃でオレンジ色の炎につつまれて燃え上がる映像がとびこんでくるのを、胸が痛く、目をおおいたくなるような思いで見ていました。何か今、私に出来ることはないかと思っていたとき、伊藤美好さんのよびかけは一歩をふみだす大きな励ましになりました。伊藤さんは、友人のまた友人です。

2001年11月の終わり、 私の住む愛知県春日井市で、「今はじまっているアフガニスタンへの報復攻撃に対して いろんな思いを持ち寄り、 女性が集まりましょう」というよびかけで、「憲法九条をまもるかすがい女性の会」が発足しました。ともかく今、死の危機にさらされているアフガニスタンの人々を救わなければいけないという思いで、一致しました。

・アフガニスタンに対する報復戦争の今すぐの中止
・テロは許しません。世界が力を合わせ「法の裁き」でテロ根絶を求めます。
・戦争参加の自衛隊派兵に対して反対します。私たちのこどもは、戦地で人を殺すことも殺されることも絶対許しません
・憲法九条があったから、日本の若者は、今まで世界で どの国の人も 殺さないできました。
日本が世界に誇る憲法九条を守りましょう

という趣旨で、署名をはじめました。寒い中、駅やスーパーの街角での署名でした。
その中で 17才のアメリカ人少年が「NO WAR」と言いながら署名をしてくれました。私のつたない英語が通じあったのです。お母さんに連れだった小学生の女の子が、タペストリーにする布に、「どうして戦争をやるの?」と書いてくれました。この布は、皆の思いを縫い合わせていこうと、署名と一緒に一枚一枚ピンクや黄緑の布で書いてもらっています。
高校生の男の子が チラシをみて 「へーえ これが憲法九条なんだ」と読む姿、若い女性が「自衛隊の参加に反対していますか?」と署名に見いりながら下さったり・・。
男、女、老人、働き盛りの人も、寒い中、忙しい中、足を止め、自らかけより、署名をくださいました。
「戦争は止めてほしい」、自分のおもいを表現したい、何かできることをしよう、こういう人々の気持が フツフツと伝わってきました。

私も56年前、7才の時に神戸で米軍機B29の激しい空爆にあって、死臭のただよう焼け野原の中を、母や祖父母と逃げまどった一人です。戦争がどんなに悲惨なものか、このことを伝えていきたいというおもいで、署名に立ちました。12月8日〜2月11日まで、400名の署名が集まりました。

今、マスメディアからは戦争の姿は流れて来ません。戦争はまだ終わっていません。アフガニスタンでは、まだ空爆で人々が亡くなっています。飢えと寒さで死んでいくこどもたちがいます。老人がいます。
ぺシャワール会にも入りました。マスメディアで伝わらない、アフガニスタンの真実を知りたいし、知らせていきたいとおもうからです。

今後、「憲法九条をまもるかすがい女性の会」では、なぜテロが起こるのか、国際情勢がどのようになり、どう動こうとしているのか、など深く学習しながら、思想信条をこえた幅広い女性の輪を広げていこう、と語り合っています。
また、「悪の枢軸」論をかかげたアメリカとその戦争に参加するための「有事法制」など、新たな情勢にあった署名を、憲法九条を中心にすえて、つくり、広めていこうと語り合っています。


#328

2002/2/12

大塚卿之

静岡県
55歳
教師
http://www2.wbs.ne.jp/~inochi/
mail:otsuka@mail.wbs.ne.jp


       T子さんの願い
「時間の余った人は、何でも自由に書いて下さい」と、中間テストの余白に書いておいたところ、2年生のT子さんが、次のような文章を書いてくれました。

 「このあいだの夜遅く、どうも寝つけなくて、ふとテレビをつけたら、地雷の特集をやっていました。気がついたら涙が洪水のように流れていました。私たちは安易に『不幸』という言葉を使ってしまいます。『不幸』とはそんなに単純で簡単なものではないと、その番組を見て心から思いました。地雷の被害に遭って手や足を失った人々は、みんな寂しそうで辛そうな目をしていました。でも だれ一人として、「不幸だ」なんて言ってはいませんでした。あの人達にはきっと「希望」があるからだと思います。
 私は、あの人達に何かしてあげたいです。 何かひとつでも出来ることはあると思います。
人間同士の殺し合いほど醜く、 そして悲しいものは無いと思います。」

 私は次のような返事を、その答案用紙に書き添えておきました。
「テストで100点を取ってくれるよりも、あなたのこの文章の方がどれほど嬉しかったか分かりません。
 偶然にテレビをつけ、偶然に地雷の番組をやっており、偶然あなたは涙を流したのだと思いますか?私にはすべて必然的な事だったと思われます。それが出会いというものであり、縁であると思います。ですから、この出会いを大切に育てていって下さい。あなたの出来ること、すべきことが、きっとはっきりしてくると思います。」

そして、数週間経ったある朝、次のような手紙を手渡されました。

------------------------------------------
大塚先生へ

 おはようございます。しし座流星群見ましたか?私も見ました。すっごく、すっごく大きい流れ星も見れて、とっても感動しました。感動しすぎて涙がぽろぽろ出ました。

 昔から流れ星に願い事をすると、かなうといいますよね。先生は何をお願いしましたか?弟は「受験合格」。祖父は「願い事なんてねえや」とか言ってました。祖母は「早くて言うヒマないねえ。それに願い事思い浮かばないよ」と。母は寝てました。父は仕事中です。私はと言いますと「世界平和」「地雷完全撤去」「戦争が起こりませんように」etc・・・ 。弟に言ったら「自分には関係ねえじゃないかよ。」と笑われました。そんなことありませんよね。全て私たちに関係していることだと思います。

 流れ星が流れては消え、流れては消えていくのを何度も見ました。最初は本気でかなうと、一生懸命お願いしていました。でもずっと空を見ているうちに,自分の願いに対し疑いを感じました。「本当にかなうのか?・・・」。こんなこと思いたくもなかったのに,頭からその疑問が離れません。願うだけではかなうはずがないんです。だから何かしたい。願うより前に行動しなければ何の形にもならない。でも自分に何ができるのか・・・。

 家に帰って、そんなことばかり考えていました。考えれば考えるほど自分の無力さを知り、私は結局キレイごとを言っているだけなのか?いろんな疑問が私の頭の中をぐるぐる廻り続けています。ふっと絶望がよぎりました。自分がとても醜いものに思えます。なんだかんだ言っても、私は毎日おいしい物を食べて、ぐっすり寝て、笑い、幸せをかみしめているではないか。

 さっきまで、流れ星に本気で願い事をしていた自分が、馬鹿みたいに思えました。この願いは流れ星と共に消えてしまうような気持ちになってきました。しかし、その後で、「世界平和」・・・この願いの大きさに初めて気づいたんです。簡単なことではないとわかりながらも、どこかで軽く考えていました。私はこの願いをかなえてやる、そんな気持ちでいただなんて・・・私だけでできるなんてはずがありません。日本だけでも足りません。世界中が一つにならなければ、かなうはずがないんです。

 でも、それには矛盾があります。例をあげるとすれば、「地雷で被害に遭う人」もいれば「地雷を埋める人」もいるということです。考え出せば止まらないこの現実に対し、目をそむけたくなります。でも、これが現実なのです。目をそむけてしまえば「願い」は「絶望」に変わります。私はこう思います。この世のどこかで一人でも(世界平和を)「誰かがやってくれる」と思えば、平和など実現しないと。「誰かじゃない。自分なのだ」と決心しようと、思いました。
 ここはスタートラインだと思います。私はまだ走りだしてはいません。まず自分の中の醜さを知らなければいけません。また、改めて世界の広さを考えなければいけません。私はまだまだいろいろのことを知らなすぎます。
 突然意味のわからない手紙を書いて、すみませんでした。まだまだ書きたいことがいっぱいあるのですが言葉にならないし、気も散ってきましたので終わります。そう、私の目の前にある現実は「期末テスト」です。私は今日を忘れません。

「希望」と「絶望」の入り交じった数時間は、私を少し大きくした気がします。目の前に真っ暗闇が広がっています。                                    
 1998年11月18日  AM5:30
                T子
----------------------------------------

この手紙を二度三度と読み返した後、すぐに返事を書きました。 

-----------------------------------------
 T子さんへ

 朝の5時30分に書いたという感動的な手紙を嬉しく拝見しました。もちろん私もしし座流星群を見ました。でも、「感動しすぎて涙がぽろぽろ出ました。」という、あなたほどの感動はできませんでした。

 私は、流星を見るように授業中に言った手前「もっとすごい流星群が現れてくれないかな。」との期待や欲を持って眺めていたので、流星そのものになりきれなかったのです。また、願い事は何一つ、しませんでした。そんな私と比べて、あなたはなんと素晴らしい体験をしたのでしょう。
普通は個人的な幸運を願うのでしょうに、あなたは「世界平和」「地雷完全撤去」「戦争が起こりませんように」と願った、というのですから驚きです。しかも、ただ願っているだけでは実現しない、行動しなくてはと考え、更に自分の内心を見つめることまでしています。

 しし座流星群はあなたの願いを、すでに半分以上かなえてくれたのかもしれません。本気になって世界平和を願うことは、そうたやすく出来ることではありません。あなたの願いはこの世で一番大切な願いです。世界平和という大きな大きな願いを持つことは、あなたの一生を変えることだと思います。勉強の目的も違ってくるでしょう。「世界平和のために勉強するのだ。世界平和のために、自分は生きているのだ」と。
 
 世界平和とは、単に戦争の無い状態を言うのではありません。東西の冷戦が終わった今でも、民族紛争はその激しさを増していますし、差別と極度の貧困が少しも解決されていません。一見、平和そうに見えるこの日本においても、いろいろと熾烈な争いが日夜行われています。もっと身近かな学校においても、険悪ないじめがあるのですから・・・「世界平和」と、一言で言ってもこれらのこと全てが深く関連しているのです。煎じ詰めれば、自分自身が平和な人にならなくてはならないことになります。

 あなたが流れ星を見ながら過ごした、「希望」と「絶望」の入り交じった数時間は、このことの葛藤なのでしょう。
 世界の平和を願うとは、世界の平和を常に念じることであり、真に念じることは、常に行動することでも、常に自分の内面を見つめることでもあるはずです。

 私も18歳の時に、大きな出会いをしました。それはある日の新聞の報道写真を見たときです。インドのビハール州で飢えた子供が空き缶をもって泣いている姿でした。その写真の横にはウィーンの舞踏会の様子が対照的に載っていました。泣きたい気持ちになり、「この子のために何かしたい」「持っているお金を全部寄付しよう」と決心しました。しかし、どこに寄付してよいのか分からず、そのままになってしまいましたが、その時の気持ちは30年たった今も続いています。世界情勢には常に関心を抱いていますし、特にアフリカや北朝鮮での飢餓問題には心を痛めています。それで、授業中に、誰かの心に灯がともってくれたらと祈りつつ・・・時々そのような話をしてしまうのです。

 一度でも真剣に世界の平和を願ってしまった人の義務だと、覚悟を決めて、世界平和のために自分の出来ることから精一杯の努力をしましょう。私もあなたのささやかな仲間です。
             大塚卿之
                   
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 ところで、この手紙には書きませんでしたが、地雷について、私も関心を持っています。 地雷は貧者の核兵器と呼ばれています。1個300円の対人地雷があり、それを除去するとなると10万円かかるそうです。そして、現在60カ国に8,000万個〜1億個の地雷が埋められているとのこと。なかには、花やおもちゃの形をしたものがあり、明らかに子供を狙っているのです。そして、年間28,000人以上の犠牲者が出ていると報告されています。これらの地雷除去には大変な労力と資金が必要とされますが、今のところ民間の善意に頼るしかないようです。

 例えば、難民を助ける会(AAR)では、地雷撤去キャンペーン絵本「サニーのおねがい 地雷ではなく花をください」(発行:自由国民社)を出版し、地雷問題の啓発活動を行うととも に、 カンボジアやボスニアでの対人地雷除去活動や被害者支援を行っています。この本一冊で、カンボジアなら10平方メートルの土地の安全が確保されるそうです。出来ることなら、あなたもこの本を買ってください。他にも,NGOとして「人道目的の地雷除去支援を考える会」(JAHDS)が 1998年3月に設立されました。

 若いあなた方の中に「よし、自分のライフワークとして、地雷の除去を支援していこう」という人が出て来たとしたら、非常に嬉しいことです。なにしろ、世界中で除去できる 地雷の総数は、年間わずか10万個足らずが現状であり、このままでは1億個の地雷除去に は千 年以上かかってしまうのですから。

 平和問題だけでは有りません。環境、教育、医療、貧困、・・・数えきれぬ難問を日本は、世界は、今も抱えているのです。

 T子さんのように、何かの縁で感動したり、興味を持つことに出会ったならば、それをはぐくんでいって下さい。志さえ有るならば、無力に思える私達一人ひとりでも、この世の中で役立てることが一杯有ると思います。
 

#327

2002/2/15

どすのメッキー

福井県
40歳

 私の大好きな歌のひとつに岡本 光彰さんの「いのり・被災地より」という歌があります。震災後の神戸を「みんな元気になれたか。みんな元に戻れたか。最後の最後の一人まで」と唄われるのですが、20年間戦乱が続き、今も続いているアフガンでは、本来の暮らしが失われ、どこへ戻っていいかも分からない状態なのかもしれません。
 暫定政府は、米国の空爆を容認するカルザイ議長に代表されるような米国主導の政権で、文化的にも無批判にアメリカナイズされたものを取り入れ、ややもすると私たちもそれが文明的であると勘違いしてしまうおそれがあります。アフガンにはアフガンの豊かな暮らしがかつてあったのです。それを知り、同情や対立ではなく、アフガンの人を尊敬し好きになることから始めたいと思うのです。

 81年に出版された中公新書「アフガンの四季」(佐々木徹著)という本をご存知ですか?
 佐々木氏は、カーブル大学留学生としてアフガン史を専攻、青春の4年余をアフガンで過ごしました。この本は、政治や難民の話に偏らずに、厳しい自然や政治情勢の中でもたくましくそして豊かに生きるアフガンの人たちの暮らしを深い共感を持って描いています。初雪が降ったときに行われる「バルフィ」という行事や、春分を元日とするアフガンの新年の行事など、私もそこに加わりたくなるような文章がたくさんあります。
 何より印象的なのは、結びの言葉です。

「たとえ現状はどんなに否定的であろうとも、大いなる神の加護は常に人々の側にある。『冬』は『春』のためにこそ必要なのであり、『冬』さえ終われば『春』はまためぐり来るのだから」

 この祈りは、今こそアフガンの人たちと私たちが共有したい言葉ではないでしょうか。 ところが、この本は今は絶版となって、図書館で探すしか方法がありません。版本の復刊リクエストを受け付けているサイト「復刊ドットコム」で賛同者を募らせていただいたところ、幸い暖かいご支援をいただき、現在復刊交渉中ですが、果たしてどうなるか。
 米国からの一方的な情報が氾濫する中で、「世界がもし100人の村だったら」や「非戦」と一緒に、地味だが暖かいこの本を店頭に並べるのが、私の夢です。


#326

2002/2/15

どすのメッキー

福井県
40歳

 私は地方在住の一介のサラリーマンです。911以後生活は変わりました。

 何かをはじめなければ、と不安に押し立てられつつ、大きなことをやれる条件もありませんでしたから、小さなホームページ「DON’T FLY!! EAGLE」とMLを立ち上げました。この5ヶ月間、一度も面識も無く、また専門的力量も皆無の私に対して、実に多くの方から励ましやご協力をいただきました。私たちがやれることはたくさん残されていると感じます。その経験をネット以外にどう広げていくか、が今の課題です。

 今の思いを詩に表現したいと思うのですが、なかなか現実と向き合えるだけの言葉が見つかりません。拙作を3編ご笑覧ください。



『化石』

生きる願いや悲しみがそのまま石になって
何万年もあとの世界に姿を現す
それは命の替えようのない重さ
気の遠くなる後の世代へ手紙を届ける役目を
あなたは突然引き受けた
その理由を語る術はない

あなたの歯や足に刻まれた
あなたの歩いて来た道が
僕たちの血管を突き破って鼓膜をかきむしる
たたかう苦しみ
怒りや絶望
それらは決して癒されることなく
イリジウムの薄層の下で
20世紀と人類が呼ぶ時代の中国大陸のどこかで
今も醒めぬ夢を貪っている

彼らが記憶の涙に洗われて
しらじらと地球の一部に帰るとき
何を解読し何を蘇らせることができるだろう

そして今21世紀の地層は
多くの生贄を飲み込み惨禍を刻んでいく
僕たちが新たな化石となる時代
新しい子どもたちが
自分の家族や
毎朝食べるパンのように
乾いた骨を
微笑をもって抱きしめてくれたらいい




『約600万人』

「約600万人」
一桁のところで明滅するあなたの命
爆弾の数は数えられても
あなたたちの数は数えられない
誤差と呼ばれる数字の陰に
あなたの人生が折りたたまれている
スプーンからこぼれた砂糖のように
命はもう掬いあげることはできないが
その粒一つ一つを指でひろげて光らせていこう

「少なくとも3767人」

あなたの声は電波に乗らないが
あなたの吹き飛ばされた頭蓋や腕は
新聞の一行を書き加えることもできないが
私たちが踏み入れられない地雷原の中から
チェラの白濁した霧の中から
私たちの不器用に重い衣服や胃袋を拘束する

私たちを置いていくな、
そのまま前へ進むな、と




『希望』

英雄のために墓をつくるのをやめよう
彼らの目には映らない小さな僕たちの歌を作ろう
じっと立ちすくんでいる者たち
これまで勝利に出会ったことのない者たち
悔しくて情けなくて泣いた涙を抱きしめよう

故郷を知らない花どうしが
荒れた地面をひたむきに潤すように
ひとすくいの希望が
なおも香しく地面を満たすように


#325

2002/2/15

いのうえ ひろこ

埼玉県
46歳
主婦

これほど私自身の身に重ねて「戦争」という言葉を口から発したことがあったろうか。
そのことを改めて考えざるを得ませんでした。今よりどこか、自分とその言葉の間には距離を置いていました。実は距離感が縮まったのは、9月11日の事件以来じゃなかったのか?

それは私にとって認めたくない、けれどもどうしても自分に見えてくる私自身でもあります。
そして、ここから先私はどうしたいのか、何をしたくないのか、たくさんのことを考えました。

私のコピーはいらない。他の人と自分との間には隔たりがある。あってこその自分。

一緒に長年暮らす家族であれ、未知の生活・文化の中で日々を過ごす遠い国の人であれ、私とは違うことに変わりはありません。時に交差をする中で、互いの違いに戸惑うこともあり、これまでの自分を維持しているだけでは、私にとってすべてのことが動きを止め、自分もその中で身動きとれなくなることもある。
身動きとれなくて苦しくなったら、まず隔たりに目を向けてみようと思います。
存在する隔たり・違い、これを力づくであるいは無視して、無きものにしてしまいたくはありません。

どちらが正しく・どちらが間違っているかなんて、およそ私には判らない。辛うじて「私にとって」心地いいか悪いかは感じられるけれど。出会う違いはすべて「誰にとって」、ここが異なるこの世のすべての人から発せられるものなのだから。

発せられたものとの出会いがあれば、耳を傾けてみよう。聴いてみたら、違いに至るまでの中に共通項が在ることに気付くかもしれない。隔たりを持ちながら共存する道を見つけられるかもしれない。少なくとも、未知なものへの恐怖心に立ちすくむことがなくなるかもしれない。

そして私は発したいです「私にとってはこうだ」という言葉を。もしも私の身の周りに、たった一つもそれと同じ言葉がなかったとしても、やはり私は発したいです。表に出すことがその時できなくても、私の心の内に生じたその「思い」を、確かに在るものとしてまず私自身がそれを認めたいです。

ここにきて、怒涛のように「軍備拡大」「有事立法」に向かっていこうとする流れがあります。その流れに対して、憲法が柱に据えている「基本的人権」、この人間普遍の原理原則に反するものではないかと、そこを問う意味での訴訟を起こそうと、一人の友人が声を発しました。

発せられた声を聴いて今、私もそれを問うてみたいと思っています。具体的にこれから何をしていくかは、まだまだ全てこれからですが、この問いをまず私自身に向けることと、たくさんの人々にも向けていきたい。訴訟という形を取ることで、立法・行政・司法に向けても問いかけることができないものか。これも私がこれから自分の顔をそちらに向けていこうとしていることの一つです。

争いの種を撒くのも、平和の花を咲かせるのも、人間。
私はその中の一人です。
人間に絶望したくはありません、それは私自身を諦めることだから。


#324

2002/2/15

日野啓介

東京都
35歳
mail:koake@dc4.so-net.ne.jp

9.11の事件の後、ブッシュ大統領は「アメリカに対する攻撃だ」と報復を始めました。たしかに、ブッシュ大統領にとってはアメリカという国家のメンツが失われたのかもしれませんが、本当に失われたものは、それぞれの顔をもち、それぞれの人生を生きていた数千名の人々のひとつひとつのいのちです。そしてまたアフガニスタンで、それぞれ親や子や友人や恋人をもち、明日を生きるはずだった多くのいのちが失われました。「犠牲者○○名」などとひとくくりにはできないのです。ある若者は、明日は恋人にプロポーズしようと決めていたかもしれない、ある子どもは、明日こそ小川の向こう岸までジャンプしてみようとドキドキしていたかもしれない、ある老夫婦は、明日庭に植える花の色を相談していたかもしれない・・・。そういったことをみつめ直しながら、いまの日本の動きを止めなければと、強く思っています。


#323

2002/2/15

東京都
34歳
主婦

9月11日以来何かしなくては、でも何が出来る?と思っていた時にCHANCE!の活動と出会いました。以来5ヶ月、テロ以前の意識に後戻りしないように、とにかく行動をという一心で今日に至っています。活動に主体的に参加すればするほどあの事件は私の為に起こったのだという思いが強くなってきます。無知で無関心、人を許せない狭い心、消費文明にどっぷり浸かって環境に負荷をかけ続ける日常生活・・・。どれをとっても今回の事件に象徴される世界の問題は自分の内にすべてあると思います。そういう意識にここまでの事件がなければたどり着けなかった自分を恥じるとともに、気づいたからにはそれらを克服する為に具体的に行動しようと日々思いながら生活するようになった自分にも希望を持っています。

 そういう中で、テロ以前から関心のあった教育に関わる運動と、平和に関わる運動を自分の中でどうにか繋げられないか模索するようになってきています。
まだ具体的ではないのですが少しずつ周りから方向が見えてきたように思うこの頃です。
自分の行動が今今すぐにアフガニスタンの子供を助けるという事は無くても、必ずより良い世界の創造に繋がっていることを信じて自分にできること、自分にしか出来ない事をしていきたいです。


#322

2002/2/13

松浦喜美世

大阪府
44歳
http://www09.u-page.so-net.ne.jp/tj8/hsn-miti(4月以降 http://www.geocities.jp/zeronet2002jp)
mail:hsn-miti@tj8.so-net.ne.jp(4月以降 zeronet2002jp@yahoo.co.jp)

ご飯を3つのビンに入れて比較実験をした方がいます。
1.「ありがとうございます」と毎日声をかける
2.「ばかやろう!」と毎日どなりつける
3.「無視」する

結果はどうなったと思いますか?
最初に腐り始めて強烈な悪臭を放ったのは「無視」です。
次が「ばかやろう!」。「ありがとう」はちょっと黄色くなって発酵した麹のような感じになっただけです。
ご飯にとっても、「ばかやろう!」とどなりつけられるより、「無視、シカト」される方がずっとひどいしうちなんですね。

「ありがとうございます」は中村哲医師などの人道行為、「ばかやろう!」がテロリストや空爆などの暴力行為、「無視」がその他大勢の私たちに当てはまるような気がしました。
空爆がなくても凍死・餓死していく人が大勢いるというのに、世界中がアフガニスタンの危機を「無視」していたことに気づきました。話題性のある時だけでなく、ずっと目をそらさないでいたいと思います。

その当時から、診療所を立てて無料診療をし、井戸を掘り、食料を配っていた中村哲医師たちの活動(ペシャワール会)には、本当に頭が下がりました。
「一番困っているのは、攻撃と病に怯えている人々。私たちは、人が行きたがらない所へ行く。人がしたがらないことをする。人が大勢行く所は、誰かがやってくれるからいいんですよ。誰も行かない所でこそ、誰もしたがないことをする必要があるんです。」(ペシャワール会「医療と水と食料を」ビデオより)

私は、アフガンへの空爆が続いている間中、マスコミを通じて押し寄せてくる怒り・悲しみといったネガティブな感情を、自分と対話することで消化していきました。
そして、空爆のない静かな夜を迎えたこと、生きて目覚めたこと、食事ときれいな水があること、暖かい服と暖房とお風呂があること、信頼しあっている家族(人・犬・猫)と共に暮らせることに、「ありがとうございます。この幸せがアフガンの人たちにも一日も早く訪れますように」と、毎日、手を合わせていました。

当事者の方々がネガティブな感情に支配されるのは無理もないことです。
それは当事者の特権です。トラウマからの回復・解放には、膨大なエネルギーが必要でしょう。
私たちにできることは暴力の連鎖を断ち切ること、武器を持って報復の為に闘うのではなく、ひとりひとりの心の中に「平和の砦」を築いて、自分自身との平和な関係を保つことではないでしょうか。

世界中の人々の意識を変えることは難しくても、自分の意識を変えることはできます。
比較・競争して奪いあうことと、共存共栄の平和の道のどちらを選ぶかという「選択」の問題です。ひとりひとりが、まずは自分の心の中に平和のとりでを築いていく、そういう人・家族・国が世界中に増えていけば、結果として「世界平和」は実現する、私はそう思っています。


#321

2002/2/13

松浦喜美世

大阪府
44歳
http://www09.u-page.so-net.ne.jp/tj8/hsn-miti(4月以降 http://www.geocities.jp/zeronet2002jp)
mail:hsn-miti@tj8.so-net.ne.jp(4月以降 zeronet2002jp@yahoo.co.jp)

日本がアメリカの報復攻撃を支援する方針を早々に打ち出し、世界中が「やむなし」というため息混じりの賛成に傾いていった時、私はふと7年余り前に子連れ旅をした国・コスタリカを思い出しました。「コスタリカから学んで欲しい」と思っていたら、ちょうどドキュメンタリー映画「軍隊を捨てた国」が昨年末に完成しました。
3月には東京でロードショーがあります。4月から自主上映会の受付けも始まります。どうぞ、各地の上映会に足を運んでみてください。
(http://www.aifactory.co.jp/ あいファクトリー 03-5837-8330)

日本と同時期に「平和憲法」を得て、非武装を選んだ中米の小さな自然の宝庫。
半世紀にわたって軍事費ゼロ、米の基地要請も認めず戦闘機、戦車ゼロのまま。
周辺諸国の内戦の危機にも、逆に「恒久的な非武装永世中立国」をアピールし、積極的な「火消し」役を果たし、中米和平をまとめました(ノーベル平和賞受賞)。
そんなコスタリカ共和国の普通の人々の「今」を追いかけたドキュメンタリー映画には、平和のあり方を考えるヒントが一杯詰まっていることでしょう。

最後に、テロ事件が起きて混乱する最中に、「一緒に考えませんか」と呼びかけたIoの伊藤さん・井上さん、「ちいさな声」のメーリングリストに参加された皆さん、「ちいさな声」に投稿された皆さんと共に、「平和」について考える機会をもてたことに、心から感謝します。本当にありがとうございました。

今後は、それぞれに自分にできることを、マイペースでしていきましょう。
私が取組もうとしていることは、ふたつです。

1.「軍隊をすてた国」の自主上映会
2.中野裕弓さんの招聘(予定:9月29日)
(中野さんが訳して回したEメールがベストセラー『世界がもし100人の村だったら』をうんだ)
関西で一緒にやってみたいという方、ご連絡をお待ちしています!

hsn-miti@tj8.so-net.ne.jp(4月以降 zeronet2002jp@yahoo.co.jp)
http://www09.u-page.so-net.ne.jp/tj8/hsn-miti
(4月以降 http://www.geocities.jp/zeronet2002jp)


#320

2002/2/13

monaka

長崎県
34歳
高校教師
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/4324/index.html
mail:monaka@otegami.com

高校教師をしております。
インターネットをやっていたおかげで,このサイトも知ることができ,かなり私個人としては救われました。
ありがとうございます。

テロも許せませんが,アメリカの報復攻撃に対しては「さらに許せない,間違っている」という思いを強く抱いていたのに,TV・新聞では,「報復賛成」「小泉首相の判断は正しい」という声ばかりが目に付き,自分の感性感覚・理性は間違っているのかと悩んでいました。
その時にこの小さな声を目にし,救われたのです。

生徒達にもいくつかの情報を印刷し配り,考えてもらいました。すべての生徒が報復戦争に賛成しない立場でした。日本の教育はいろいろいわれているけれども,この点に関しては間違っていなかったと思います。なぜ,政治家達は,今まで積み上げてきた世界に誇れる平和憲法を無にしようとするのでしょうか?非常にワカラナイ。

生徒に対して嘘やごまかしを持って話をしたくない。「間違ってるかもしれないけれども,自分はこういう情報からこう判断する。こういう意見を持っている」と語りたい。胸を張って。
でも,説明不能ですね。自衛隊派遣。報復攻撃協力。
教育の荒廃をいう前に,子どもの荒れをいう前に,大人が胸を張って生きましょう。うそをつかないと。少なくとも嘘ついてしまったら恥じましょう自分を。

日本を動かす人が嘘やごまかしで塗り固めて笑っているのを見ると吐き気がします。
日本を含んだ『先進国』は「勝てば官軍」的な発想から抜け出せないものでしょうか?
それぞれに価値観があり,それぞれに生き方があり,それぞれに幸せがあること。それを認めるだけで世界は平和になるんじゃないのかなあ?

たぶん,自分も含めて,人間に最も